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十一、ヤミ人 16

「あら? 桐山さんの話ばかりに、なってしまったわね。今は日曜日の話ね」

 校長はやれやれと言わんばかりに大きく息を吐いた。

 校長は席に座ったままで雪野達を見上げる。校長は続いて壁際に目を移した。そこに架けられた時計はそろそろ予鈴がなる時間を告げている。

「もともと、巻き込まれただけの私達では、お話しすることがありませんが」

 雪野がすっと伸ばした背筋で校長を見る。自然と真っ直ぐ伸びたその背筋は、後ろめたいことや臆することなどないという意思の表れのようだった。まるで真っ直ぐ伸びた棒に掲げられたのぼりのようだ。

 幟や旗は風がないとはためかない。今の雪野に取っての風はこの状況そのもののようだ。

 掲げられた幟がそこに書かれた信条を風にはためかすかのように、雪野は伸びた背筋を棒にして己は弁解することなどないと胸を張った。

「ふむ……」

 どうしたものかと校長は思案げにうつむいた。

 校長がちらりと時計を見上げる。予鈴が近づいていた。

「授業は遅れていっても、大丈夫よ。担任には伝えてあるから」

 自身が予鈴が鳴ることを気にしてか、校長がにっこりと微笑んで雪野と宗次郎に告げた。

「結局、いつも通り。俺は遅れて、授業開始って訳か……」

 宗次郎がぽつりと呟く。

「生徒会長からは、何かある?」

 校長が不意に時坂に話を向けた。

「……」

 時坂を雪野が眼光鋭く睨みつけた。

「……」

 時坂は雪野に向かっている方の頬だけ上げて笑ってみせる。校長から見れば時坂は単に考えているだけに見えただろう。

 時坂は二人の間に立っていることをいいことに、別々の表情を同時にしてみせた。

「異常気象が多いのは、昨今の世界規模の問題です」

 時坂が校長に振り返る頃には、その顔にはうっすらと頼もしげな笑みだけ浮かべさせていた。

「ええ、そうね……」

「我が校も先だって、ガラスが全壊する被害がありました」

「ガラスは日曜日の内に、業者さんに入れてもらったわ。そこは安心してね。それにしても、異常気象にしたって、こんなに続くなんて。それもあなた達の周りにだけ――」

「校長――」

 校長に皆まで言わせずに雪野がすっと言葉を挟んでくる。

 それは滑り込むような、染み通るような自然の声だった。雪野は熱したナイフでバターに切れ込むように、すっと校長の話に自身の声を差し込んだ。

「ん?」

 あまりに自然に話を途中で切られた校長は、自身の話よりも雪野の言葉を聞こうとして顔を上げる。

 皆の視線が雪野に集まった。

 校長と宗次郎は自然と雪野に目を向け、一呼吸遅れて時坂が振り返る。

 時坂の校長に向けられていた笑みは、頼もしげなそれから、不敵なそれに振り向くと同時に切り替えられる。

「最近の異常気象は世界の問題です。ですがそれは、同時に世界の問題である以上、私達自身の問題です。私達は世界の一部ですから。特にこれを考えるのは、私達のような若い世代の義務や仕事だと思います」

「……」

 雪野の言葉に時坂が鼻の奥で笑う。

 それは本人の他には雪野にしか聞こえない空気が通っただけの小さな音だった。

 だが雪野は軽く時坂を睨みつけると、ちらりとだけ時計を見て言葉を続ける。

「一介の高校生に過ぎない私達には、何が起こったのかは分かりません。ただただ巻き込まれただけですから。ですがもう、巻き込まれた。人のせいだ。大人のせいだ。そんな意識ではダメだと思います」

「まあ……」

 校長が感心したように目を輝かせると、

「ほう……」

 時坂も感心したように目を輝かせた。

 だが時坂が光らせたのは相手を量るような目の奥の光だった。

「そうです。巻き込まれたのは不幸でしたが、その不幸を嘆くだけではダメだとおもいます。ですが今の私達にはまだ力がありません。この世界と自身の問題に立ち向かう力を学ぶ為にも――」

 雪野がそこで一呼吸置いた。そしてその呼吸を押しとどめるように、雪野は胸を大きくはってそこに自身の右の掌を乗せた。

 自らを自らの右手で指し示すように、それでいて何か溢れ出てくるものを押しとどめるように胸に手を重ねる雪野。

 それは先からぴんと張った背筋とともに、自分に任せて欲しいという意思表示のように見えた。

 雪野が誓うように胸に手を当て言葉を続けると、

「その為には、今は授業に出ることが必要だと思います」

 そして時同じくして予鈴が鳴った。

 雪野の宣誓に予鈴がその決意を告げるファンファーレのように鳴り響く。

「まあ……」

 校長はその授業を受けたいという内容と、そのタイミングで鳴った始業を告げる鐘に感動したように口元を手で覆う。

 校長は感動したように生徒の目を見つめた。

「……」

 だがその雪野の目の奥に妖しい魔力の光が宿っていることに、その校長は気づけないようだ。

 校長の代わりにその目の奥の光を覗き込み、

「よくやるよ……」

「ふふ……」

 宗次郎と時坂がそれぞれに小さく呟いた。

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