十一、ヤミ人 14
「ペリ。一晩中、家主に家を追い出されていた可哀想な不思議生命体。ジョーペリよ」
子供達が群がる中、ジョーが携帯をおもむろに嘴から取り出すと、恨みがましい声で電話に出た。
「うおおおぉぉぉぉっ!」
「すっげぇっ!」
「かっこいい!」
子供達から歓声が上がった。皆通学前の小学校下級生ようだ。ジョーの首筋よりも下に小さな頭が群がっていて、その背中に色とりどりのランドセルが踊っている。
皆が陽光に目を輝かせていた。子供の小さな背丈にも分け隔てなく太陽の光が降り注ぐ。そこは視界の邪魔するものがない開けた場所だった。
ジョーは河川敷で子供達に群がれていた。
肩から上を群れからにょっきりと突き出し、長い嘴を子供達の頭上に垂らししていた。
広くとられた河川敷。砂利地の地面に人二人が並んで歩けるぐらいの幅の歩道が河川敷に沿って敷かれている。ベンチも堤防沿いに設置されており、ちょっとした広場が川に沿って続いていた。
「ペリ! 彼恋殿ペリか? よくジョーの番号知ってたペリね」
「やっぱりしゃべってる!」
「鳥のくせに生意気!」
「ねえ、誰から?」
ジョーを中心に子供達の渦が出来上がっている。子供達は遠慮も配慮も何もない様子で、ジョーの体や嘴を触わりまくっていた。
「周りがうるさいペリか? ジョーは人気者ペリ。ちょっと人通りのあるところに出れば、たちまち人だかりができるペリよ」
「しゃべれるんなら、私ともお話しして!」
「ああ! 無視しやがった!」
「虫じゃないよ! 鳥だよ!」
ジョーが電話に応える度に子供達の興奮の度合いが増していく。
ジョーの周りの子供達は興奮のるつぼと化していた。
「さっきから、触られて触られて大変ペリよ。話してて大丈夫ぺりかって? 大丈夫ペリ。ファンの子達は、触ってるだけで大満足ペリよ。ペリ? そうじゃないベリか? 話してるところ見られて大丈夫かペリか?」
「うおおおおっ! やっぱり無視し話してる!」
「すっげぇ! もっとなんかやって!」
「ウチのインコも話すよ!」
皆が興奮気味に勝手に口を開き、口々にジョーに話しかけてくる。そして少しでも興味を自分に引こうとしか、その触り方は徐々に乱暴になっていった。
「ペリ。学校行く途中の小さな子供達ペリよ。大人は周りに居ないペリ。学校で先生に話しても、誰も信じないペリよ。そして子供達の心に、不思議な思い出が残るペリ。不思議生命体冥利に尽きるペリ」
「この! こっち向け!」
「生意気! 生意気! 俺らとも話せ!」
「ウチのインコだって、話すってば!」
「痛いペリ! 叩くのはなしペリよ! ああ、こっちの話ペリ! イタッ! 蹴るのは、もっとなしペリ! ああ、むしろ毟るのは、もっと勘弁ペリよ!」
ジョーの体が次第に小突かれ始めた。容赦なく脇腹の柔らかいところにスニーカーのつま先を蹴り入れてくる子供も居る。
その内何人かがジョーの白い羽を毟り取り始めた。記念と思ったのか、単に掴んだ拍子に抜けたのか。ジョーの白い羽を小さな手がもぎ取っていく。
「ああ! 羽が! 羽が! ええっ! いい加減にしろペリか? 今ご無体なことになってるのは、ジョーペリよ! ああ、電話。話ペリね。ペリ! ひとまず離れるペリよ!」
ジョーが電話の向こうの彼恋に応えると、大きく羽を左右に広げた。
それで飛び立つ準備をするとともに子供達を遠ざけるつもりだったようだ。
だがジョーが自慢げに
「すっげえぇぇぇぇっ!」
「私も、羽欲しい!」
「取っていいの? くれるの、羽!」
子供達の前にさあ取って下さいと言わんばかりに羽を広げた結果になった。
陳列されたかのように広げられた羽に、子供達は我先にとどっと押し寄せてくる。
「ああぁぁぁっ! ダメペリよ! 羽がないと飛べないペリ! 無理に毟らないで欲しいペリ! 羽が! 羽が! ああ、乗っからないでペリ!」
ジョーは羽にぶら下がるように掴み掛かる子供に後ろに倒された。
子供達はこの機を逃すまいと、自分だけ取り残されまいと、ジョーの体の上に群がってくる。
その状の翼の先で器用に持った携帯電話から、
「もういいわ……」
彼恋の呆れた声が聞こえたかと思うと通信が切れた。