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十一、ヤミ人 12

「じゃあ、元気でな……」

 十数輛の車両がすらりとつながった高速鉄道。その遠近感すら容易に確認できる程の長い車列が駅に連なり停まっていた。

 二人のよく似た少女がぽつんとその長い車両の前で立っていた。

 他の乗客が次々とドアの向こうへと乗り込んでいく中、二人は列にも並ばずにその脇で向かい合っていた。

 だが向き合っているのは体だけで、二人は互いに視線を合わそうとせずにうつむいていた。

「うん……あんたもね……」

 見送る者と去る者の挨拶は、交わらない視線で交わされる。

「……」

「……」

 花応と彼恋はすぐに黙り込んでしまい、言葉の継ぎ穂を探すかのように無言で視線を泳がせる。やはりお互いが同じ方向に目を向けながら、別々のところを見て揺れるがままに視線を揺らす。

「ああ、分かってる……そうだ。切符持ったか?」

 不意に花応が口を開く。

「持ったわよ。荷物分も、ちゃんとあるわ」

 唐突に口を開かれても、彼恋はすぐに答えた。

「『荷物分』って、何だ?」

 花応が彼恋の足下を見た。そこには旅行カバンが無造作に置かれていた。

「席に置くのよ。隣に知らない人が来るのイヤじゃない? だから、席を二つ並びで予約してるのよ」

「もったいないじゃないか? しかも指定席にしても、最上級のいい席を予約したんだろ?」

「冗談。どれだけ、お金あると思ってるのよ。遣わないと、世間様に回らないわ」

「そ、そうか……」

「そうよ……」

「……」

「……」

 二人の会話は長くは続かない。

 二人して目を合わさずに、うつむき加減に目を互いの目から反らしていた。

 それでいて二人はそれぞれ同じ方向に視線を反らしている。

 二人は何かの現実から遠ざけるように互いに同じ方向に目をそらしていた。

 同じ姿勢も長く続けるのは辛いのか、花応が不意に顔を上げる。

 彼恋がその動きにつられるように顔を上げた。だが二人して屋根辺りを見上げて、やはり視線が真っ直ぐ交わることがない。

「……」

「……」

 二人は見上げたホームの屋根から吊り下がっていた時計を目にして同時にうつむいた。時計の秒針は一秒一秒しっかりと止まり、また一秒一秒進んでいく。

 秒針ですらしっかりと時間が進んでいることが分かるその時計に、周りの人々は背中を押されるようにドアの向こうへと消えていく。

 乗るべき電車と去るべき時間が二人を無言で取り囲んでいる。そのことから逃げるように二人はもう一度うつむいてしまう。

「まあ、何……一応迷惑かけたから……他の人にも謝っといてよね……」

 沈黙に耐えられずにか、今度は彼恋から口を開いた。

「ああ、うん……そうだ! もう一日泊まっていかないか? 放課後直接会って、話をしたらどうだ? 喜ぶと思うぞ、雪野達」

 花応がようやく顔を真っ直ぐ彼恋に向ける。

「冗談。そんなにヒマじゃないわ」

 だが彼恋はまだうつむいて視線をそらしたままだった。

「そ、そうか……」

 彼恋がこちらを見ていないと知るや、花応はまた同じようにうつむいた。

「そうよ……」

「う、うん……そうだな……」

「てか、喜ぶのあんたでしょ?」

「そ、そうかな……」

「たく……」

「……」

「……」

 もう一度沈黙を二人は呼び込む。

「イルカにも、私から謝っとくぞ」

 今度はもう一度花応から口を開いた。

「何でイルカに謝るのよ」

「お前、何かやっただろ? イルカショー、台無しだったじゃないか?」

「ああ、そんなこともあったわね。別に大したことないわよ」

 彼恋がバツが悪そうに視線を反らした。

 元より姉妹で目を合わさずに話していた二人。彼恋は更に目をそらす為に首ごと横に向けた。

 彼恋は列車とは反対側に顔ごと目を向けていた。それで今から乗る列車から更に視線を逃すことになる。だが逃げた先にあったのは、別のホームに停まっていた車両だった。

「……」

 彼恋は逃した先の視線で目に飛び込んで来た車両に思わず顔を上げる。やはりそこにあったのは屋根から吊り下がった時計。

 先より短針も進んでいる。

 そのことからも逃げるように彼恋はもう一度うつむいた。

「むむ。よくないぞ、そういうの。彼恋、あの時何をしたんだ?」

「ふん。ちょっといたずらしただけよ。特定悪臭物質を、軽くばらまいてやっただけよ」

「プロピオンアルデヒドか? それともアセトアルデヒドか? まさか臭素とか? あんまり毒性の強いのは、感心しないぞ」

「バカね。科学的に考えなさいよ。水溶性の高いものに決まってんでしょ。人工海水の中のイルカにいたずらするんだから」

「ヒドいな。トリメチルアミンか? 臭いじゃないか?」

「さあ、何だったかな? もう忘れたわ。ニュースにもなってなかったし、気にすることないわ。無害なヤツを少量送り込んだだけよ」

 答える彼恋の視線の先にホームの係らしき駅員の姿が現れた。

 列車が安全に発進するか確認する為のその駅員は、ゆっくりと歩いてきてちょうど二人の横で止まる。

 列車と、時計、駅員に囲まれた彼恋は一人顔を上げた。

「……」

 だが見送りに来ていた姉は、まだそのことに気づいていないのかうつむいたままだった。

「……」

 彼恋はぐっと目の端に力を入れると、不意に脇に置いていたカバンに手を伸ばす。

「あ……」

 そのことに気づいた花応が驚いて顔をようやく上げるが、

「じゃあね……」

 彼恋はもうこちらに背中を向けて列車のドアに向かっていた。

「彼恋……」

 花応が小さく相手の名を呟くが、その声はドアが閉まる警告のブザー音にかき消された。

「あ……」

 列車に乗り込んでも背中を見せる彼恋の後ろ姿を断ち切るようにその前でドアが閉まった。

「……」

 彼恋がドアが閉まると同時に振り返る。

 ガラス越しにようやく二人の視線は真っ直ぐ交わった。

 だがそれも一瞬のことだった。ドアが閉まると同時に車両は滑るように動き出す。

 彼恋がドアにすがるように近づき、花応に向かって手を振った。

 花応が彼恋に合わせて手を振り返す。

 すぐに彼恋の姿は見えなくなった。

 しかし二人は短い時間ながらも今度こそ最後まで互いの目を見たまま別れを告げた。

「あ……」

 十数輛が繋がった車両は、残った者の未練の表れのように容易に途切れない。

 それでも列車は速度を上げて去っていく。だが長々と続く車両は未だ途切れず、今でも手を伸ばせば触ることができそうだ。

 去りゆく者との繋がりが未練のように伸びて連なり、

「……」

 最後は断ち切るように列車は不意に途切れた。

 列車はすぐに手が届かない存在になり、

「彼恋……」

 花応はそのことを己に言い聞かせるように去りゆく妹の名を呟いた。

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