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十一、ヤミ人 11

「――ッ!」

 すれ違い様に発せられた速水の言葉に雪野が振り返る。一度は通り過ぎるがままにしようとした雪野は、上半身をとっさに捻ると険しい視線を速水の背中に突きつけた。

「ふふ……」

 速水はその視線を背中で受け流すように軽く笑う。

「どういう意味? 速水さん?」

 雪野が視線の次にその背中に疑問を投げつけるが、

「……」

 速水は背中を見せたまま答えない。

「どうした? 千早?」

 そのただならない視線と口調に宗次郎が雪野の顔を見上げる。速水の最後の一言は、雪野にしか届かなかったようだ。

「えっ? 何?」

 やはり聞こえていなかったらしき氷室も、宗次郎とともにいぶかしげに雪野を見上げる。

「ちょっと……」

 だが二人の問いかけに構っていられないのか、雪野は二人に答えずに完全に身を翻す。

 それでも速水の背中は止まらない。

「待って! はや――」

 雪野が追いすがろうと一歩を踏み出すが、

「おい! 千早! 河中! あと、桐山!」

 その雪野の背中に大人の声がかけられた。

 その声の中に自身の名前があった雪野は反射的に教室の入り口に振り返る。

 教室の皆の視線が雪野に遅れて同じくドアに向いた。

 教室の入り口では男の教師が一人中を覗き込むように立っていた。

「――ッ!」

 雪野はしっまたとばかりに速水に振り返り直す。

 だが速水の背中はおろか、姿すらもうそこにはなかった。雪野は先まで居た場所に速水が居ないと見るや、すぐに目を教室の壁へと向けた。

 速水は皆の視線がドアに集まった隙に、例の能力で自身の壁際の席まで移動していたようだ。

「ふふ……」

 速水は既に着席すらしており、暢気に足まで組んで雪野の視線を今度は横目で受け流す。

「く……」

 雪野が悔しげに唸り、

「む……」

 宗次郎もその声で速水が自分の席に既に戻っていることを振り返り知る。

「どうした、返事は? 桐山は何処だ?」

「河中と、千早は居まっす。桐山は、まだっすよ、センセー」

 宗次郎が雪野と速水の様子を気にしてか、両方を見ながら皆を代表して教師に答えた。

「お前が居て、桐山がいないとは。逆じゃないか?」

「俺だってたまには遅刻しませんよ」

「なるほど、雨が振るな。いや、また異常気象か」

「酷いっすね。桐山は、妹さんの見送りです。遅刻するんじゃないっすか?」

 宗次郎が教師に応じながら席を立つ。宗次郎は立ち上がりながらちらりと雪野の方に視線を流した。

「……」

 雪野は教師よりもやはり速水が気になるようだ。

 宗次郎はその様子にやれやれと肩をすくめると、入り口近くに立ったままの教師に向かっていく。

「で、どうしました、センセー?」

「今のメンツで分かるだろ? 昨日の話だ。呼び出しだ。まったく、何でお前らばかりなんだ?」

「あれ、俺らの責任じゃないっすよ。巻き込まれただけっすよ」

「分かってる。だからって、はいそうですかって訳にはにはいかん」

「はいはい。でも、速水はいいんっすか?」

 宗次郎は入り口まで来ると、ゆっくりと速水に振り返る。

「何で、自分ッスか?」

 ドアから続く壁際の席。そこに座った速水は小馬鹿にしたような笑みで宗次郎を見上げる。

「速水も居たのか? 聞いてないぞ?」

 教師がドアから身を乗り出して速水の姿を覗き見る。

「先に帰ったッスよ。最後まで居て、警察やら何やらのお世話になったのは、そこの二人と、桐山さんだけッス」

「……」

 速水の答えに雪野がその横顔をきっと遠目に睨みつけた。

「おやおや、怖いッスね、優等生。自分、〝ウソは〟言ってないッスよ」

 速水が首だけを後ろに傾けて雪野を見た。縦に向いた細い目の奥で、速水の瞳が重力に引かれて落ちるように横に向けられる。

「ええ、そうね……でも、〝都合良く〟言ってるだけよね……」

「それとも何ッスか? 自分が一緒にいって、色々と話した方が〝都合がいい〟ッスか?」

 目の端で見つめる速水の瞳。それは自身の本心は隠しながらも、相手の様子をじっくりと伺っているように見える。

「……」

 速水の挑発的な視線に雪野が悔しげに拳を握るが、

「ふふ……いってらっしゃいッス……」

 その速水は意に介した風も見せずに暢気にひらひらと手を振って見送る真似をした。

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