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十一、ヤミ人 9

「珍しいわね。月曜の朝から、遅刻なしで登校だなんて。これから一雨くるかもね」

 翌月曜日の朝。昨日の恵まれた青空のままに、今日も晴れ上がった爽やかな登校時間。雪野は教室に入るなりそこに居た男子にわざとらしく目を剥いて挨拶する。

「るっせぇな。こんな爽やかな朝一番の挨拶が、それか? 優等生さんらしくないぜ」

 人影まばらな教室で一人イスに腰掛け、手持ち無沙汰に愛用のカメラをいじっていた宗次郎が応えた。こちらも大げさに目を不快げに細めて雪野を迎える。

「実際珍しいじゃない」

 雪野が自分の席に近寄りながら続ける。

「ふん。昨日の今日だぞ。心配で早く来てもおかしくないだろ」

「早起きできたんだ」

「早起きってか……早引けってか……」

「何? はっきり言いなさいよ」

 雪野はカバンを自分の席に置くと、そこに座ることなくくるりと身を翻した。

「いや、別に……優等生さんには、関係ない話……」

「ん?」

「地獄耳なんだろ? 一度聞き逃したら、諦めろってことだよ」

「そう?」

 雪野が教室を横切り宗次郎の方に近づいていこうとする。

 その様子に登校済みの生徒がひそひそと話し出した。

「……」

 雪野はちらりとそちらに視線を寄越す。

 それは一瞬だけの視線だったが、見る者を一瞬で凍りつかせた。

 雪野は相手が黙り込んだのを確認すると、すぐに宗次郎の方に向き直った。

 睨まれた生徒は一瞬だけ黙り込んだが、雪野の視線が宗次郎に向けられるやもう一度密やかに話し出す。睨まれたこともその話題に入ったようだ。先より批難の色合いも濃く、生徒は雪野の背中を見ながら話を続ける。

「そっちこそ。一人とは珍しいな。あいつは?」

「『あいつ』って? 誰のことかな? 名前で呼び捨てにするんなら、答えてあげてもいいけど」

 雪野が宗次郎の隣に立つ頃には、その顔からこわい表情はすっと抜けていた。むしろからかうような笑みを浮かべて雪野は宗次郎の顔を覗き込む。

「めんどくさいヤツだな」

「彼恋さんを駅まで送っていくって。遅刻してくるみたいよ」

「そうかよ。まあ、この雰囲気の中には、来ない方が正解か――っと」

 宗次郎が不意にカメラを構える。

 カメラのレンズが未だに影で何か噂しているらしき生徒達をとらえた。

 レンズにとらえられたクラスメート達はぎょっと目を剥いて今度こそ黙り込んだ。

「……」

 雪野が目を深くつむった。

 気配で背後の様子を伺ったのか、雪野はすぐにだがゆっくりと目を再び開ける。

「この間の学校での〝異常気象〟に続いて、謎の現象に〝巻き込まれた〟んだもの。学校の人達だって、口性なく噂話ぐらいしたいでしょ。当然よ」

「『当然よ』って。その割には、お前さっき凄い顔で睨んでなかったか?」

「失礼ね。女の子掴まえて、『凄い顔』って。そりゃ、ちょっとすごんでやったけど」

「はいはい」

 宗次郎が雪野に応えながら教室の入り口に目をやった。

 そこから一人二人と生徒が教室に入ってくる。

 そこにお目当ての生徒の姿はなかった。

 代わりに入ってくる生徒は、皆雪野と宗次郎の方をちらりと見てから教室に入って来た。

「結局帰るのか? 妹は?」

 宗次郎は周囲の視線を気にしないようする為にか、カメラを軽く振りながら雪野を見上げる

「そうみたい。あのまま二人で暮らせばいいのにね」

「そりゃ、本人にも事情はあるわな。急に一緒に暮らす何て無理だろ。ん?」

 宗次郎が話の途中で何かに気をとられたのか、もう一度教室の入り口に目をやった。

 そこには肩で息を吐く、ドアに手をかけて体を支える男子生徒の姿があった。どうやら急いで走って来たらしい。そしてようやくドアのところで一息吐いたらしい。

 その男子生徒は背中を丸めて乱れる息を懸命に整えようとしていた。

「か、河中……く、くん……」

 宗次郎に話があったらしい。その男子生徒は息も絶え絶えに宗次郎の名を呼んだ。

「何だ? 慌ててどうした? 氷室?」

 宗次郎がドアのところで息もつけなくなっている氷室零士に呆れたように半目を向ける。

「さっき……そこで……ぜぇぜぇ……聞いたん……はぁ……だけど……」

 氷室が息を切らしながら宗次郎達の下へと近寄ってくる。

「落ち着けよ」

「これが……ひゅぅ……落ち着いて……ぜぇ、はぁ……居られる?」

「いや、落ち着け。まずは、しゃべれてないしな」

「だから聞いたんだって! 色々と噂になってるじゃないか! あんなこと聞かされて、落ち着いてられる訳ないよ!」

 氷室が最後は血相を変えて宗次郎の机に辿り着いた。怒りがそうさせるのか、単にもう立っていられないのか。氷室は最後は両手を勢いよく宗次郎の机に着いてまくしたてる。

「心配するな。結局大したことなかった」

「大変なことだよ!」

「お前なら、おおよその事情を察せるだろ?」

「そりゃ、僕だって! 当事者だけど!」

「だったら、放っとけよ。色々とあったんだよ」

「放っておけないよ! 昨日、結局! 桐山さんは――水族館に遊びにいったんだろ? 僕、抜きで!」

 氷室がぐっと宗次郎に身を乗り出した。

「それか! そっちか? その後の話じゃなくってか!」

「僕にとっては、そこは重要だよ! 色々って何だよ! どんな色々があったんだよ? ずるいよ!」

「うるさい! 今それどころじゃねえんだよ! 引っ込んでろ!」

 ぐっと身を乗り出してくる氷室の顔を宗次郎が手で押し返すと、

「おやおや、朝から楽しそうッスね」

 教室の入り口には自身も楽しそうに細い目を更に細めた速水がいつの間にか立っていた。

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