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桐山花応(きりやまかのん)の科学的魔法  作者: 境康隆
二、ささやかれし者
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二、ささやかれし者5

「あぁん……」

「……」

 カバンを注意された方の男子生徒がすごみを利かせて睨み返す。

 それを生徒会長の男子が臆せず無言で受け止めた。

 その様子を花応を始め、食堂中の生徒が息を呑んで見守る。

「けっ……はいはい。生徒会長様は、ご立派でいらっしゃる」

 しばしの睨み合いの後、カバンを注意された方の男子生徒が渋々といった感じで応えた。

 男子はそのまま席を立ち、カバンとまだ中身が残った丼を持って立ち去ろうとする。

「ありがとう。でも、ご飯は残さず食べた方がいいよ」

「るっせえ! 食う気失せたっての!」

「迷惑な……」

 最後までやり合う二人の騒ぎを、花応は遠目に見ながら呟いた。

「……」

 生徒会長の男子がその瞬間に花応の方にチラリと視線を送る。

「え……聞こえたの……」

「ふふ……」

 驚き更に小声で呟く花応に、実際は偶然だったのか生徒会長は笑みを浮かべると視線を元にもどした。

 それを合図にしたかのように、食堂中の生徒達が金縛りが解けたようにそれぞれの食事に向き直った。

「ほら、花応。うどん、のびちゃうわよ」

 喧噪を取り戻した食堂。雪野も花応をうながし、一人で先に空いているテーブルに向かい出す。

「あ? うん。ちょっと、待ちなさいよ。雪野」

 慌てて雪野についていこうとする花応。

 雪野の背中を追うその花応は、

「……」

 雪野が警戒感も露に、険しい視線を生徒会長に向けていることに気づかない。

「何、さっさと行ってくれてんのよ」

「別に。花応がぼおっとしてるからよ」

 雪野が先に席に着いた。そのまま何げない様子で背筋を伸ばす。

 花応がその様子を見ながら、雪野の前の席に着いた。包帯に巻かれた右手で、何とかお箸を不器用に掴む。

「食べられるの? その右手で」

「大丈夫よ。左手よりはマシよ。それにあんたが、必要以上に派手に巻いただけでしょ?」

 何度か取り落としそうになりながら、花応が何とかお箸を右手の中に収めた。

「そうだったかな?」

「そうよ。保健室の先生から包帯奪って、勝手にグルグル巻いてくれちゃって。先生にまで笑われて、いい迷惑だったわ」

 お箸は何とか手に持てたが、使えるかどうかは別問題だったようだ。

 花応は何度もうどんをお箸から滑り落としながら、どうにか口元に持っていこうとする。

「だったら、巻き直したら?」

 昨日の夕方から同じ包帯をしている花応の右手。その右手で苦労してうどんを食べようとしている花応に、雪野は笑みを堪えた視線を送る。

「う……うるさいわね……あんたこそ、背中大丈夫なの?」

 花応はお箸を口元に運ぶのを諦めたようだ。どんぶりに口ごと持っていき、お箸で何とか引っかけたうどん唇に運んでいる。

「お陰さまで。まあ、この職業はね――」

「職業って……」

「体も人並み外れてるのよ。実際もう痛くないもの。まだ赤く痕が残ってるけど、そのうち跡形もなくなるわ」

「非科学ね……」

「あら、お気に召さなかった?」

 つるんと一つ、うどんを踊らせて呑み込みながら雪野が訊く。

「別に。まあ、実際そんなにしゃんと伸びた背筋見せられたから、信じちゃうけど……」

「『けど』? 何?」

「本当にこんなこと、繰り返してきたの? その……人知れず戦って、怪我して……」

「そうよ」

「『そうよ』って、そんなあっけらかんに……」

「別に。その分人並み外れた力があるもの。損得のプラマイはゼロよ」

 雪野が丼を持ち上げ、己の顔を隠すようにうどんの汁をすすった。

「プラマイゼロなわけないでしょ? それにゼロってのは、もっと科学的な概念よ。そんなにほいほい使わないで」

「宇宙は無から始まったとか? 絶対零度のゼロとか? そういうの? そう言えば、宇宙って絶対零度なの? 宇宙って真空なんでしょ? 何にもない真空だから、温度もないの? ゼロなの?」

 雪野が丼を顔から離しテーブルに置いた。

「真空は別に何もない訳じゃないわ。常に量子的な揺らぎの為に、仮想粒子が沸き立つダイナミックな空間よ。それ以前に宇宙には、CMB――宇宙マイクロ波背景放射っていう言わばビッグバンの名残の温度を持っているわ。これが二・七二五K――Kはケルビム。絶対零度から数えた温度の単位。つまり絶対零度より、だいたい二・七度高いのが簡単に言えば宇宙の温度よ。ゼロじゃないわ。この温度が何故ビッグバンの名残かと言うと、この放射――CMBが宇宙のどの方向をからもやってくるからよ。宇宙に特別な方向はない。昔の宇宙はこの温度の名残ができるように、もっと熱かったに違いない。だからその他色々合わせて考えると、ビッグバンは確かにあっただろうってね。それにそもそも絶対零度って言ったって――」

「はいはい。ごめんなさい。話逸らそうとしたら、壮絶に科学的なお話になってしまいました。ついていけません。降参降参」

「む……話逸らしたのね……」

 花応が恥ずかしげに頬を赤く染めた。

「別に。力と義務だと考えれば、本当にプラマイゼロだって思ってるわよ。そうね例えば――」

 雪野が不意に目をつむった。目をつむるとそのまま、少しだけ首を食堂の傾けた。

 どうやら耳に神経を集中しているようだ。右の耳をやや食堂の入り口辺りに向ける。

「耳を少し澄ますだけで、私達のことをじっと窺っている人の気配に気づけたりね」

 雪野が目を開けた。そのまま己が耳を澄ませていた食堂の入り口に目をやる。

「えっ?」

 花応が雪野に続いて食堂に目を向けると、

「……」

 男子生徒の背中がすっとその向こうの人影に紛れて消えていくところだった。

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