十一、ヤミ人 6
「よう、どうだった?」
陽が落ち始めた病院の待合室。宗次郎は手持ち無沙汰げにカメラをいじりながら口を開く。
宗次郎は待合室の長机の端に腰をかけていた。宗次郎は前に突き出た己のヒザの上にヒジを乗せ、手にしていたカメラを上下左右にくるくると回す。一人先に待合室に来て皆を待っていたらしい。あまりに長い時間待たされたのか、宗次郎はいつもの代わり映えのないカメラを色々角度で見ていた。
そこに診察を終えたらしい雪野が近寄ってくる。
待合室へと続く廊下の向こうから雪野が一人歩いて来た。
宗次郎は余程退屈していたのか、雪野が近づくかなり前から声をかける。
「どうって……」
返事をするにはまだ遠い距離。雪野はその距離を詰めながら答えを探すように黙り込む。
「凄かったな……」
黙り込んだことに意味を見いだしたのか、宗次郎が雪野の答えを待たずに続ける。
「ええ、何なのあれ……」
「ああ……衝撃的だった……」
「目が点よ……」
雪野がようやく待合室に入り、宗次郎の横に座る。雪野は宗次郎との間に少し間を座った。
一番端に座っていた宗次郎の横にもう一人分は座れるスペースを空けて座る雪野。その身も少し斜めにしていて、僅かに宗次郎に対して離れていくような角度でヒジを外に向ける。
相手に失礼にならない程度で距離をとった――見ている者がいればそう感じただろう。
「……」
雪野の態度に気をした様子も見せず、宗次郎がカメラの裏面のモニタに指を走らせる。
モニタに映ったのは高級ホテルの一室らしき部屋。豪奢な内装と、優美な装飾品の飾られた広い客室が映し出される。
宿泊する為のその部屋には、余計なものはないが必要なものは十分過ぎる程揃っていた。備えつけられたテレビや冷蔵庫は大きく、ベッドやカーテン、内装は厭味のない程度に細かい刺繍が施されている。
旅の疲れを癒す為だけや、単に眠るだけの部屋ではない。その部屋に泊まること自体が旅の目的になりそうな部屋がそこに映し出されている。
だがそれはホテルの部屋ではなかったようだ。
「これが病室だと!」
宗次郎が突如かっと目を見開く。
宗次郎の言葉通りそこは病室だった。宿泊用の設備の他に病室らしい器具もモニタには映っていた。
ベッドの横から伸びた、そこで食事をする為のテーブルや、治療用のチューブやコード類をつなぐ機器も壁際に設置されている。
そこだけ見ればかろうじてその部屋が病室だと知れた。
「凄い個室だったわね……」
「いやいや! 個室ってレベルじゃないだろ! 何処のホテルだよ! バスルームもトイレも洗面台もキッチンもあったぞ!」
「来客用の応接室もね。一応ナースコールの機械とか、病室っぽいところもあったじゃない」
「あれナースコール用なのか? ルームサービス用じゃないのか?」
「いわゆる差額ベッドでしょ? お金大目に払って、高級な個室に入って治療するってやつ」
雪野が首を軽く傾げながら応える。応えながらも自身の言葉に自信がないようだ。
「何を治療すんだよ! 財布の方に、巨大な傷がつって!」
「それは私にも直せないわね。何て言うか、気分的に」
「扱いもなんだが凄かったな。丁重の極みっていうか。VIP対応ってか……」
騒ぎ疲れたのか、ひとまず言いたいことを言って満足したのか。宗次郎が背中にのげぞり長椅子の背もたれにもたれかかる。
「そうね。お医者さんが異常に下手に出て訊いてくるって、初めて経験したわ」
「内の近所の医者は、唾つけとけ、気合いで治せ、が口癖だからな。世界が違うな」
「花応と彼恋さんは、至って普通な反応なのが……何とも……はは……」
雪野が渇いた笑い声とともに応える。
「おう……そうだよ……診察は個室で別々だったからな……俺は見てないが、千早は一緒してたんだろ? どうだった?」
「どうって……花応の診察風景を知りたいの? これだから、男子は……」
「いや、普通に気になっただけだろ! 一応二人とも、怪我はなかったように見えたけどよ!」
「ええ。大した怪我してないわ――あっ、来たわよ」
雪野が不意に廊下の向こうに目をやる。
廊下の一番端にあったエレベータから、花応と彼恋が出てくるところだった。長い廊下が続くその先に居る二人は、まだ人形よりも小さい姿にしか見えない。
「この距離で気づくとは……」
「花応センサーついてんのよ、私は」
「自慢することかよ」
「あら、河中にもついてると思うけど」
「はぁ?」
「ふふん」
宗次郎が軽く睨んでくるのを、雪野が鼻で笑ってあしらった。そして腰を軽く浮かすと、今度は二人分の空きスペースを宗次郎との間に空けた。
「終わったわよ」
二人並んでやっ来た花応と彼恋。先に口を開いたのは花応だった。
「お疲れ」
雪野が自らが空けた長椅子の上をポンポンと掌で叩く。それでいながら叩いた掌を長机の上に残し、実際に座る場所は宗次郎の隣にしか空いてないように雪野が仕向ける。
ここに座れと合図を送った雪野の顔は、満面の笑みが浮かんでいた。
「お疲れ……大げさなのよ……まったく……」
だが先に腰をかけたのは彼恋だった。
雪野の仕掛けにより誘導された宗次郎の真横に、彼恋が何気なく先に座ってしまう。
「ああっ!」
素っ頓狂な声を上げる雪野の手を押しのけながら、
「何よ?」
その隣に花応がいぶかしげに眉をひそめながら腰を下ろした。