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十一、ヤミ人 5

「――ッ!」

 雪野が両手を打ち鳴らした。かしわ手を打つ形で合わされた両の掌は、寸分の狂いもなく指の先まで揃えて打ち合わされる。

 それがもたらした澄んだ音は、こちらも同心円を描いて一息に広がる。雪野がもたらした音の波紋の中でも、それは最も完璧な円を描いたようだ。

 傾き始めているとはいえ、まだまだ燦々と輝く太陽の下。全ての疑問を一掃するかのような、澄み切った――それでいて背中を直接叩かれたかのような清らかな音が響き渡る。

「……」

 雪野の目がいつの間にか妖しい光に輝いていた。

「あ、ああ……」

 雪野の前に立っていた男性警官が何かを絞り出すように声をふるわせた。

 惚けた顔をさらすその警官は、自身が何を言い出す為に口を開いたのかも分からないようだ。

 ただ雪野のかしわ手の音に全身を打たれ、警官は何かに突き動かされたようだ。それは一番近くに居た警官としての義務や、単に大人としての責任感だったかもしれない。

 警官が何か口に出そうとして音に鳴らず、からの言葉をただただ漏らした。

「心配をかけました。もう大丈夫です」

 雪野が頭をすっと下げ、その警官を軽く見上げるように話し出す。

「そうかい?」

「ええ。怪我も軽いですし、ご心配には及びません」

「ああ、そうだね」

 警官は雪野に応えるだけで、体はまだぼおっと突っ立っていた。

「私は大丈夫ですが、友人はそれなりに怪我をしています」

「う、うん」

「人目も気になります」

「あ、ああ……」

 警官は相槌を打つだけで、自らの言葉を発しない。周りの他の警官や消防隊員達も同様だった。

 ただただ雪野の言葉に耳を傾け、その言葉に染められていくようにうなづくだけだった。

「できれば、早急にこの場を立ち去り、病院へと連れて行きたいんですが?」

「ああ……あっ! 勿論! こっちで病院は手配するからね! そうだね、ちょっと待ってね!」

 警官はようやく我を取り戻したようだ。

 雪野に話しかけながら胸についていた無線機に何やら話し出した。

 警官のその慌てた声を合図にしたように、周囲の人間が一斉に動き出した。

「心配ないんだってさ」

「もう、大丈夫だって」

「なんだ。何でもないのか」

 野次馬と化していた市民は各々身近な人と話しながら三三五五と散っていく。

「誤摩化せたのか?」

 宗次郎が雪野の側に寄って来た。

 宗次郎は一度はかけてもらった毛布を肩から外し、胸前で二の腕にぶら下げていた。

「ううん。ちょっと、失敗。病院に急ぐふりして、この場を立ち去るつもりだったんだけど。流石に、お巡りさんね。最後の最後で、責任感を刺激しちゃったみたい。職務を思い出して、自分が仕切らないとって思い出させちゃったわ」

 雪野の目から内から光るような魔力の光がすっと消えていく。

「当たり前だ。警官だぞ。誤摩化し切れるかよ」

「昔は余裕だったんだけどね」

 雪野が如何にも残念と、細かくアゴをわざと震わせながら応える。

「何? 病院なの?」

 こちらは肩から毛布をかけたままの彼恋が近づいて来る。

「そうみたい」

「ちょっと、期待したんだけど? 厄介な状況のままなのね」

 彼恋が雪野の答えに警官の方を見る。

 警官は無線とやり取りしていた。その言葉の端から病院らしき名前が次々と告げられる。

「暑くないか、彼恋?」

 彼恋を追うようにして花応が肩の毛布に手をかけながら近づいて来た。花応自身は暑いと感じているようだ。毛布を外そうと持ちかける為にか、その肩の上でパタパタと毛布をはためかせる。

「ふん。誰かさんのせいで、びしょ濡れなのよ。恥ずかしいから、かぶったままの方が、よっぽどいいわ」

 彼恋が花応に答えながら、毛布の下から携帯電話を取り出した。

「そ、そうか」

 彼恋の答えに花応が毛布をはためかせるのをぴたりと止める。よく似た顔の二人が、同じ柄の毛布を肩からかぶる。その姿はそれで更によく似た。

 花応がはにかんだような笑みを浮かべて、その姿で更に彼恋の横に並ぼうとする。

「何、真似してんのよ?」

「ま、真似っこなんか、してないぞ、彼恋!」

「ふん……ああ、もしもし……」

 彼恋が鼻を鳴らして携帯に話しかける。

「待たせたね。受け入れ先が決まったよ。病院に送るから、そこの救急車に乗ってくれるかな。病院は――」

 警官がようやく無線から顔を上げると、

「こちらでお願いします」

 彼恋が耳にしていた携帯を差し出した。

 そこには今まさに携帯がつながっている相手の名前が表示されていた。それは個人名ではなく病院の名前だった。

「えっ? しかし……」

「懇意にしている病院です。申し遅れましたが、私達は桐山ホールディングスの家の者です。ご存知でしょう? 大企業の跡取り娘として、下手な病院には行けません」

「えっ? そうかい……ちょっと待ってね……」

 彼恋の言葉に警官が狼狽しながらもう一度無線に手を伸ばした。

「彼恋。病院なんて、何処でもいいじゃないか? 感じ悪いぞ」

「何言ってんのよ、花応。話の分かる病院の方が、後々楽でしょう? 色々と訊かれたいの?」

「そ、そうか……」

 その返事に花応が目をぱちくりとしばたたかせる。

 花応の反応に呆れたと言わんばかり大きく肩を落とし、

「たく……私が居ないとダメね……」

 それでいて彼恋は満足げに唇を緩ませ呟いた。

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