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十一、ヤミ人 4

「皆様――」

 凛と澄んだ声が辺りに瞬時に響き渡りき、周囲が一瞬でしんと静まり返った。

 それは雪野の声だった。

 雪野が肺腑の限りに息を放った声は、高貴な鐘を叩いたかのように辺りに響く。まるで小石を投げ入れた静かな水面のように、雪野を中心とした同心円の波紋すら見えそうだった。

 それは音の波紋だった。そして全てを黙らせる波でもあった。

 何より視線でできた円だった。

 雪野にその場に居た全員の視線が釘付けになった。

 奪ったのは視線だけではないようだ。皆が固唾を呑んで雪野を見守る。実際はその唾を呑み込むことすらできないようだ。誰もが沈黙し、身動きが取れなくなっていた。

 一声で皆の視線を渦を巻くように独り占めした少女は、

「……」

 続いて沈黙でもって皆の眼差しに応える。

 凛と響いた声に呼ばれた視線は、じっと動かず雪野を見据える。

 雪野はその声量で全てを一瞬で掌握したようだ。

「おいおい……」

 宗次郎が思わずにか呟いた。

「何よ……」

 花応が宗次郎に応える。

 二人とも声がかすれていた。そのことが二人が言いたかったことを雄弁に物語っていた。

 一言で全ての視線を釘付けにし、その息を呑ませて声すら奪った雪野に二人は言葉をすぐに交わせない。

「あれか……最近の高校生の演劇部員は、一言で観客を魅了するのか……」

「いつものあれでしょ……魔法の力でしょ……」

「いや、まだ魔力なしだろ……」

 そう。皆の心を一瞬で惹き付けた雪野。それでいて雪野の目はまだ魔力に光っていない。

 雪野は魔力以前にその存在そのもので、人心を惹き付ける力を見せつける。

「この度は、不思議な現象に皆様驚かれたことでしょう。私達の身を案じ、また身を挺して助けに下さった方々には感謝の気持ちでいっぱいです。勿論中に居た私達にも、何が起こったのかは、皆目検討もつきません――」

 雪野が再び口を開く。朗々と紡ぎ出されたセリフは、風の舞う屋外のこの緑地でも何ものにも邪魔されずにこだましていく。

 人々の視線は微動だにしない。消防隊員も、警察官も雪野に視線を奪われている。

「煙のような、霧のような。何か不思議なものに私達は包まれました。まさに煙にまかれて、更に五里霧中。藪の中に入れられなかっただけ、感謝すべきのような、もやもやした状況でした。中で私達がどうなっていたかと、外の皆様にはさぞ心配をかけたことでしょう。まずはそのことにお礼申し上げます」

 雪野は言葉の端々でゆっくりと、それでいて力強く手を広げてみせる。

 雪野は一度広げたその手を今度は胸にかき抱くように胸元に持って来た。その仕草で更に人々の視線が雪野に集まっていく。

「……」

 雪野はまるで視線で築いた舞台に立つかのように、人々の視線を一身に受けて優雅な仕草で深々と頭を下げた。

「この現象に勿論私達は、語る言葉はありません。ただただ。心配をかけた本人として、中の者の身はおかげさまで無事だとだけお伝えするのが精一杯のところです」

「堂々とウソついてるけど、あの優等生さん……」

 彼恋がこちらもかすれた声で呟く。

「優等生って呼ばれるのは、雪野は嫌いなんだ、彼恋……」

「はん……それぐらい呼ばせなさいよ……あんなけ美人で、人目を引くのよ……ちょっと話しただけで、みんなの視線釘付けって……どんなけイヤミなのよ……」

「しかも、あのラフな格好でな……」

 鼻から息を勢いよく抜いて花応に応える彼恋に、宗次郎も未だに渇くノドで応えた。

 雪野はシャツにパーカーにジーンズと、出かけた時のままの姿だ。速水達と一戦交えた後の今では、方々が泥と煤に汚れてすらいる。

 だがそれはよごれではあっても、けがれではないようだ。

 負った傷は露出した首筋や手首に曝されてすらいた。それでも雪野の魅力に傷はつけない。

 雪野は視線の舞台に立ち、人々の吐息に押されるようにゆっくりと周囲を見回す。

 回りながら雪野は大きく頭を下げた。それは卑屈さを感じさせない、優雅さすら漂わせるお辞儀だった。

 皆がその堂々とした例を告げる姿に見入り、惚けたようにぽかんと口を開ける。それでいて雪野の一挙手一投足を見逃すまいと、目だけは動いて雪野の姿を追った。

 今や誰もが雪野しか見ていない状況に、

「なるほど……礼を尽くす姿に魅入らせて……煙やら何やらは、意識から外させる気だな……まあ、確かに……俺らに訊くのは、お門違いと勝手に思ってもらえれば、それでよしか……」

 宗次郎は最後までかすれた声で呟いた。

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