十一、ヤミ人 3
「何? よく聞こえなかったんだけど?」
彼恋が怪訝そうに眉間にシワを寄せた。そしてもう一度よく聞かんとしてか、寄せた前を乗せた顔も花応に寄せる。
彼恋達の周りは口々に何か言い出している野次馬の声で溢れていた。
もう一度何か聞こうとしても、確かに顔を寄せないと耳に入らなかっただろう。
「あっ! いや! だからな!」
急に顔を寄せられたせいか、花応が真っ赤になって言い淀む。
野次馬を制しするように取り巻いていた警官や消防隊員が、煙が晴れたと見るやどっと駆け寄ってくる。
消防隊員の重装備の制服のこすれる音や、警官の互いに無線や大声で連絡する声で辺りのどよめきは更に勢いを増した。
消防隊員と警官が男女の別を問わず、己の使命を果たさんと駆け寄ってくる。芝生の上とはいえ、その足音が何より地響きとなって辺りに轟いた。
「ん? 何よ? はっきり言いなさいよ」
更によく聞こえなかったらしい。彼恋がもう一度聞き直した。そして今度は上半身ごと体を折って花応に顔を近づける。
「だ……から……わ……一緒……暮らす……どう……」
その仕草に花応が真っ赤になり、更に言い淀んだ。
「大丈夫か? 君達!」
「怪我は?」
「気分の悪くなっている人は居ませんか!」
あまつさえ言い淀む声に、駆け寄った警官の怒号めいた声がかぶさりほとんどその何も彼恋の耳には届かなかったようだ。
「くら――何?」
かろうじて聞こえて来たらしい言葉を繰り返し、彼恋が耳を花応の口元に近づける。
「さっきまであった煙は?」
「君達、煙は吸ってない? 大丈夫?」
「何があったか、分かる?」
警官と消防隊員が疑問や質問を矢継ぎ早に口にしながら、花応と彼恋、雪野と宗次郎を取り囲んだ。
女性の消防隊員が花応の肩に薄い毛布をかけた。まずは体温保護と一目からの保護をしようとしたのか、その毛布はまだ陽の高いこの公園で断りもなく花応の身を覆い隠す。
花応に続いて彼恋と雪野、宗次郎の肩にも毛布がかけられていた。
安心させようとしたのか花応達女性陣には女性の消防隊員か警官が、宗次郎には男性の警官が寄り添うように肩を抱いて立つ。
「ペリッ!」
ただ一体、ジョーだけは例外で警官が警棒を手にその周囲を取り囲んだ。そして一人の警官が、毛布の代わりと言わんばかりに動物捕獲用の網を身構えていた。
「こら……ペリカン、早くいけ……」
宗次郎が男性警官の手をするりとすり抜け、ジョーの横に一歩近寄る。近寄るや否や宗次郎は顔を寄せて小声で呟いた。
「う、撃たれないペリか……」
狼狽に嘴をカタカタと鳴らすジョー。警官に囲まれ、どういう原理か分からないがその真っ白な羽毛を真っ青にさせていた。
「撃たれる訳ないだろ……てか、しゃべんな……」
「こら、君! 勝手に動いたら、危ないだろ!」
宗次郎の肩に毛布をかけ、その手からするりと逃げられてた警官が、慌てて駆け寄ってくる。
「どうもスイマセン! ほら、早くいけってば……」
宗次郎が頭を掻きながら警官に向き直り、ジョーに背中を向けた。それと同時かかとを後ろに蹴り上げ、ジョーの青くなった羽毛に埋もれたお尻を蹴り上げる。
「ペリ!」
ジョーが蹴られて驚いたように羽を広げた。
「おおっ……」
突然大きく広げられた羽に警官達からどよめきの声が上がる。ジョーは警官がひるんだ隙に軽く前に駆け出し、その羽を羽ばたかせ一息にその身を浮かさせた。
緊張の面持ちでその様子をうかがっていた周囲の野次馬達は、そんな小さな変化にも驚きの声を上げた。
「ぺりぺり……」
ジョーは二、三度大きく羽ばたくともう誰の手にも届かない高さまで飛び上がっていた。
ジョーは自身が撃たれる心配をしていながら、残して来た花応達の頭の上を未練がましく周回する。
煙が晴れたところから現れ飛び上がったペリカンを、野次馬達は一斉に見上げて指差し、皆が口々に何か言い出した。
「ペリ……注目されているペリ……」
ジョーが気をよくしたのか今度は野次馬達の方に移動し、その上で何度も旋回し始めた。
「早くいけっての、あのバカペリカンめ……」
得意げに旋回を始めたジョーに宗次郎が空を見上げて苦々しげに呟く。
同じく空を軽く見上げていた花応。花応と彼恋は警官に肩を抱かれたまま、ひとまず別々にこの場を連れ出されそうになっていた。
「花応、後でね」
彼恋が状況を察して花応に一言声をかける。
「あ、彼恋! だから――」
花応がこの機を逃すまいとか三たび口を大きく開くと、
「ご心配なく! 皆様!」
その花応の声を遮るように雪野の声がかぶせられた。