十一、ヤミ人 2
「おや? ほったらかしで、出て来たのかい?」
水族館と緑地公園の共通の出口。公園内の騒動が遠くに見えるその場所で、時坂昇生が鉄柵に腰をかけていた。
時坂はアゴで何かをめくり上げるように、挑発的な笑みを浮かべて公園の方を指し示す。
「ふん……とっととトンズラこいた生徒会長様に、言われたくないッスね……」
沈めても沈めても浮かんでくるビーチ板のような軽薄な笑みを浮かべて、速水颯子がその公園から出て来た。速水の背中の向こうには人だかりと、物理的な煙幕の上部が微かに見える。人々がそちらに目を向ける中、速水だけは背中を向けて悠然と歩いてくる。
通りがかり人々が何事かと公園の向こうを見守る中、一際大きなどよめきとともに煙幕が消えた。
「今度はどんな言い訳してるッスかね? あの光の魔法少女様は?」
その声に速水はようやく後ろを振り返る。
「この人数は大変そうだね。手伝って来たらどうだい?」
「優等生系は、言うことがつまらないッスね……」
速水が時坂に面を戻し、細い目を更に細めてその奥の瞳を光らせる。
「おやおや怖い怖い」
「ふん……で、何ッスか? 何、待ってるッスか?」
「『何』って、君を待っていたに決まってるじゃないか」
「お互い目的は達したッスよ……うざいから、つきまとわないで欲しいッスね……」
速水の目の奥の光は変わらない。刺すような視線で時坂を
「どうやら、嫌われたようだ。いや、単に機嫌が悪いだけかい? 何かあったかな?」
「……」
速水の目が今度も更に細められる。目尻に力の入ったそれはびくりと一つ痙攣すら引き起こす。
「本当怖いね。これ以上この話題には、触れない方がいいみたいだね」
「ふん……」
「僕は自分の力を再確認したかった。僕が欲しかった力は本当にこれだったのかってね。君だって、今のままの力じゃ満足していなかった。お互い満足のいく結果だったと思うけど?」
「別に……単にどうでもいい男子につきまとわれるのが、うざったいだけッスよ……」
「モテる女子はつらいかい? いや、持ってる少女だよね――力を……」
「ふん……もう目的は達したッスよね……これ以上何か用ッスか?」
「別に興味があっただけだよ。友達よりも、自分の欲求を最優先した気分は――」
「――ッ!」
時坂の言葉に速水の姿がかき消すように消える。
次に速水が姿を表したのは、一瞬前で時坂がいた場所だ。
そう、速水が瞬間的に移動したまさにその瞬間に、時坂の方も移動していた。
時坂が左右反転した姿で速水の後ろをとる。
「所詮力づくで移動しているだけの君が、力で移動している僕に勝てる訳ないよ」
「うざいッスね……ホント……」
速水が後ろを振り返る。
「ふふ……」
もう一度時坂の姿が消える。今度も速水の背中に現れた。
「……」
「おっと。バカにしてる訳じゃないだけどね。鏡写しの姿には、この世界は毒らしいからね。一度反転したら、もう一度反転しないとね。科学的に考えて」
「ふん……用はすんだッスよ……」
速水が今度は振り替えず応える。その目が苛立たしげに歪められていた。
「他人をバカにするのは好きなのに、自分がされるのは我慢ならないみたいだね」
「誰でもそうッスよ……」
「確かに……おっと……だからって、早速手に入れた力を使うかい?」
時坂が後ろ身を退く。
何かの危険を感じ取ったのか、時坂が一直線にすっと後ろに身を退いた。
だが既に終わっていたらしい。
「おやおや……」
時坂が自身の前髪を触る。それは少し短くなっていた。時坂はその毛先を丸めるように指先で揉んだ。
「次は本気で狙うッスよ……」
速水がゆっくりと振り返る。
「僕達が力を手に入れたのは、互いに戦う為かい? ましてや進化させたのは、こんなことをする為かい?」
「黙るッス……」
「まあ、僕もこれぐらいはできるけどね……」
時坂が毛先を揉んでいた指をそのまま速水の眼前に持っていく。
中指と親指が腹で合わされたそれは、指を鳴らす為にぐっと力が入れられている。
「……」
「逃げないのかい? 君も見ただろ?」
「……」
速水は答えずにその細い目の奥から時坂をねめつけるだけだった。
「爆発してからでも、逃げる自身があるって顔だね。まあ、いいか」
時坂が腕を下ろす。
それでも速水の視線は鋭く時坂の目を射抜いたままだった。
「ここでやるかい……君も僕も、進化した力を試したがってる……」
「……」
「……」
速水と時坂が通行人が行き交う公園の出口で無言で睨み合った。
「ウインウインだからつるんだだけッス……これからは、あんたに協力するか、敵対するかは――」
先に目を離したのは速水の方だった。速水は無防備にもくるりと身を翻して時坂に背中を向けた。
「気分しだいッスね……」
そして背中を向けたまま歩き出すと、最後まで振り返らずに人ごみの中へと消えていった。