十一、ヤミ人 1
十一、ヤミ人
「さて、まずはこっちか……大騒ぎだぞ……」
周囲の状況を真っ先に分析しようとしたのは自称新聞部のエース――河中宗次郎だった。
物理的障壁となっていた煙に大きくぽっかりと空いた穴。
宗次郎は穴の空いた向こうに見える人々の驚きの表情に目を凝らす。
陽が少し傾き始めた芝生の広場は、その陽気に似つかわしくない喧噪に包まれていた。緊急車両が芝生を踏みしめ乗り込んでおり、人々は遠巻きに煙を見ている。
皆が驚きに互いに何か言い合っていた。
その野次馬の中に穴をあけた細い目の少女の姿はなかった。
「速水のやろう……自分だけ逃げやがって……」
宗次郎はそう呟くと穴に向かっていく。
「例の力で、あっという間に見えなくなったわね。私でも追い切れなかったわ」
視力も体力も常人を越えている魔法少女――千早雪野が、己に背中を向けて壁の穴に近づく宗次郎を見送る。
「だろうな……だが、あの力は……」
「何? ああ、煙は解除させるわよ」
雪野が右手を水平に上げて上下にひらひらと振った。
「ペリッ!」
魔法少女のマスコットキャラを自任する不思議生命体――ジョーが、雪野の手招きに喜んで羽を羽ばたかせた。
ジョーは羽をまき散らしながら二、三度翼を上下させると、軽く身を浮かせて雪野の下に飛んでいく。
「まあ、待てよ……」
壁まで来た宗次郎が穴を覗き込む。実際に宗次郎が覗き込んだのは、穴の向こうではなく穴そのものだったようだ。宗次郎は煙に空いた穴の外周を身をかがませて覗き込む。
「ん?」
雪野はまず魔法の杖を、飛んで来たジョーに向かって差し出した。
ジョーが嘴を喜んで開けると、雪野はそのノドの奥に魔法の杖を差し入れる。
ジョーが嘴を閉じてアゴを上げ、まるでエサでも呑み込むようにその杖をノドの奥へと送った。
「気持ち悪い生き物ね」
その様子を力を失った科学力の少女――桐山彼恋が軽蔑に目を細め、鼻の上にシワまで寄せて気色ばんでみせる。
彼恋の吊り目が更に吊り上がり、露骨に侮蔑の表情を露にしていた。
「ひ、ヒドいベリッ! そこまではっきり言われたことないペリよ!」
「しゃべんないでよ。余計気持ち悪いわ」
「ペリッ! 一度ならず、二度までも!」
「あんたこんなのと暮らしてるの?」
彼恋が己とそっくりの少女に振り返る。
「ああ、仕方なしにな……慣れると、かわ――いくはないか……愛着――も湧かないか……ま、憐憫の情ぐらいは、持てるぞ……非科学だがな……はは……」
全てを科学的に考える科学の娘――桐山花応が、渇いた笑い声とともに答える。
花応はまだ渇き切っていない髪を軽く垂らし、裾から腰まで破いたスカートで彼恋から視線を反らした。
「彼恋……これからどうする?」
「どうするって、花応。こっちが訊きたいわよ。これからどうするの? 魔法少女さんが、どうにかしてくれるの? この状況?」
視線をそらしたまま訊いてくる花応に、彼恋がこちらは壁の穴から外の様子をうかがいながら答える。
「あ、いや……そういう意味じゃなくって……」
「何よ、花応? はっきり言いなさいよ?」
「あ、いや……その……だな……」
「ん?」
視線を合わせないまま何やら言い淀む花応に、いぶかしげに眉間にシワ寄せて振り返る彼恋。
その彼恋の背中で軽い光が瞬いた。
「……」
煙の壁を覗き込んでいた宗次郎が今度はフラッシュを焚いてその穴をカメラに収めていた。
「何よ? 早く消さないと、じっくり調べられたら。面倒だと思うんだけど?」」
雪野が宗次郎の背中に近づいて来た。
「千早か。分かってる。だけどこの穴、どう見ても……」
「ん? 穴がどうしたの?」
振り向きもせず答える宗次郎に雪野が一緒になって身を屈めると、
「大丈夫か?」
穴の向こうから銀色のヘルメットをかぶった消防隊員が顔を突き出した。
「え、ええ……」
宗次郎が慌てて顔を上げた。宗次郎は目尻を軽く下げて眉根にシワを寄せ、小さく口を力ない様子で開ける。
「何が……何やら……」
今更ながらの困惑の表情を作ってみせた宗次郎が、消防隊員の視線から後ろの仲間の姿を隠した。
「だ、だからな……彼恋……」
だがそんな周囲の様子を他所に、花応はまだもじもじと言い淀んでいた。花応は何か言いにくいのか目を伏せて、顔も横に背けながら身をよじる。
「何よ、花応? はっきり言いなさいよ」
彼恋がそんな花応の顔を覗き込みながら先を促した。
「千早……」
「分かってる……ジョー……」
壁際では宗次郎に目で合図され、雪野がジョーに軽く手を振った。
「ペリペリ……」
ジョーが羽を羽ばたかせながら天に向かって嘴を突き出した。
それを合図に煙が物理的な力を失ってまさに煙のように消える。
花応がそれと同時に意を決したように目と口を同時に開いた。
「だからな、彼恋! 私と一緒に暮ら――」
煙が一気に霧散し視界が開けた。それと同時に周囲の人間のどよめきが一斉にわき上がる。
「……」
花応の続く言葉はそのどよめきに呑み込まれ、
「はい?」
相手の耳には届かなかったのか、彼恋はいぶかしげに首を傾げるだけだった。