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十、魔法少女 31

「あはは! 何ッスか? もう終わりッスか!」

 黙って向き合う姉妹の沈黙は、人を小馬鹿にした笑いに破られた。

 お腹の底で鈴でも鳴らしているかのような、軽い口調のけらけらとした笑い小声だった。

 いや、その鈴は目の中にあったようだ。鈴に入れられた切れ込みよりも細い目を更に細めて、その奥で光る玉で鈴の音を高らかに鳴らしたかのように声の主は笑う。

「どうして笑うのかしらね……」

 雪野が誰よりも前に出た。

 ぐっと足を芝生に食い込ませて、杭を打ち込むように両足を雪野は踏ん張らせる。

 雪野は軽薄な笑みの主の鼻先に己の顔を突きつける。こちらは怒りに細められた目が、相手の軽蔑の光が浮かぶ瞳に写り込んだ。

「おや? 今にも倒れそうな人が、何を言ってるッスか?」

 速水は雪野のそんな様子に動じた様子も見せない。

「長年のわだかまりが、姉妹で解けそうなのよ。あなたこそ、何を言ってるの?」

「ふん。こじれた方が、面白いからに決まってるッスよ」

「速水さん、あなたね……彼恋さんは、あなたのお友達でしょ?」

「ありゃ? そうッスかね? でも彼恋っちは、一度も自分の名前を呼んでくれたことはないッスよ。薄情ッスよね、彼恋っちは! 自分のこと、友達は思ってくれてないッスよ! あはは!」

 速水がそのことを特に気にした様子も見せずにまたけらけらと笑う。

「彼恋さん……」

 雪野が責めるように振り返ると、

「ふん……」

 彼恋は鼻を鳴らして視線をそらした。

「それにもう、彼恋っちは力を失くしたッス。もう、〝ささやか〟れ仲間でも何でもないッス。つるむ為の、利点や共通点はないッスね」

「そんなことは、友達には関係ないでしょ?」

 雪野が速水に振り向き直し、不快げに眉間にシワを寄せた。二人はそれでもう一度鼻先を突きつけ合わせるように睨み合う。

「そうッスよ。関係ないッスよ。そんな関係がないことを、無理に関係させないと、成り立たない関係ッスよ。つまり元より〝関係〟が〝ない〟ッスよ」

「速水さん……」

「光の魔法少女様には、人間の闇の部分は分からないッスよ。清く正しい正義の魔法少女様にはね」

「私は別に、清廉潔白って訳でもないわ」

「おやおや、それは残念ッス」

「それに、今すぐあなたの力も解いてあげるわ……」

 雪野が魔法の杖を二人の鼻先に持ち上げた。

「できるッスかね」

「できるわ。逃げないでね」

 雪野がすっと右足を後ろに引いた。ようやく二人の顔が離れる。

「あはは! 自分が逃げなければ、勝てるッスか? 大した自身ッスね! 光の魔法少女様は!」

「私は自分のことを、〝光〟の魔法少女だなんて思ってないわ」

 雪野が後ろに魔法の杖を引いた。左手で持っていたそれは雪野の胸の前に掲げられ、半身に退いた身の前を後ろに流すように構えられる。

「おや? 謙遜ッスね」

「事実よ。あなたが勝手に言ってるだけだわ」

「いやいや……そうじゃないと、困るッスよ……」

 速水の目が冷たく光る。

「何を言ってるの――あなたは!」

 雪野の杖が横に一閃した。

「あはは!」

 速水の姿が杖の一撃を前にして消える。

「――ッ!」

 だが雪野には目で追えていたようだ。雪野は声を出す間もなく振り返る。

 速水は一気に壁際まで横に飛んでいた。

「逃げるわ、雪野!」

 花応が雪野が追った視線を頼りにその速水の姿を見つける。

「そうね……相変わらず速いわね……だけど、私の電撃の魔法より速いかしら?」

 雪野の目が妖しく光る。

「電撃ッスか?」

「ええ。昔程の力は出ないけど。むしろ、気絶させる程度には、好都合なの」

「おやおや、誰かで試したッスか? ダメっすよ、魔法を悪用しちゃ。好きな男子でも、気絶させて好き放題したッスか?」

「むっ。そんなこと――する訳ないでしょ!」

 雪野の左手がまたも一閃した。その手に握られた魔法の杖の先端から光がほとばしる。それは雪野の言葉通り力ない閃光ではあったが、一瞬で速水の下まで放たれた。

 その光が己の体に襲いかかるその瞬間に、速水が左手を前に突き出した。

「あはは!」

 速水は襲いかかる電撃に堪らず左で身をかばったのではないようだ。

 その証拠に速水は高らかに笑い、

「な……」

 雪野は到達寸前で霧散する電撃に愕然と目を見開いた。

「……」

 その光景に宗次郎が視線で何かを射抜こうとするかのように鋭く目を光らせる。

「あはは! 流石に飽きたッス! 目的も達したッスからね! おいとまするッスよ!」

 速水が煙の壁に左手を着いた。その左手に触れられた壁が真っ赤に染まって溶けていく。

「どういうこと……」

 その力に呆然と雪野が呟いた。

「あはは! それなりに楽しかったッス! じゃあ、また月曜に学校で、合うッスよ!」

 あっという間に人の背丈程の穴が溶けて空いていく煙の壁。壁の向こうではようやく到着したらしい消防車や救急車が、芝生を踏み越えて近寄ってくるのが見えた。壁の向こうの野次馬は緊急車両と突然開いた穴に、クモの子を散らすように道を空ける。

 速水は外の様子も、中の花応達の視線も気にした様子も見せずに己が空けた穴を悠々とくぐった。

 その背中を皆が呆然と見送る中、

「速水……やっぱりお前の力は……」

 宗次郎がノドをふるわせながら呟いた。


(『桐山花応きりやまかのんの科学的魔法』十、魔法少女 終わり)

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