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桐山花応(きりやまかのん)の科学的魔法  作者: 境康隆
二、ささやかれし者
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二、ささやかれし者4

「?」

 花応が突如声をかけてきた男子生徒にいぶかしげな視線を送る。

 学級章が制服の襟もとで光輝いているのが先ず目に飛び込んできた。

 そのバッチを見るに三年生のようだ。

 光輝くその学級章は勿論、その物腰そのものが落ち着いており上級生であることを物語っていた。

 優男の見本のような柔らかな顔に、にこやかな笑みを浮かべている。

「ペットとはいえ、ペリカンを学校に連れてくるのは、困るかな」

 三年生男子は更に笑みを増して花応に話しかけてくる。

「あっ! いえ、違います! ペットなんかじゃないです! その、珍しかったから……」

「そう」

「……ほら、行きなさいよ……」

「……ペリ……」

 花応が首根っこを放すと、ジョーが渋々と言った感じで駆け出し飛び上がった。

「ほら。君も授業が始まるよ。僕も役職上、生徒の遅刻は見過ごせなくってね」

 男子は何処までも笑みを崩さない。

「はぁ……役職ですか?」

「あれ? 知らない? 参ったな。これでもこの学校じゃ、一応――有名人のつもりだったんだけど」

 男子の笑みは、残念と言わんばかりに苦笑いに変わる。

「はぁ……」

 花応は本当に心当たりがなかったのか、曖昧な返事を返すのが精一杯だった。



「何、人の後ろにぴったりくっついてるのよ? 花応?」

 お昼休み。校舎に隣接して立てられている学生食堂。簡素ではあるが、活気とお昼の匂いに満ちたその場所に花応と雪野が入ってきた。

 何故か花応は雪野の背中にぴったりと貼つくように入ってくる。

「だって、学校の食堂なんて初めてなんだもの」

 花応が入り口近くで立ち止まり、周囲を見回した。

「そうなの?」

 雪野も花応に合わせて立ち止まる。

「そうよ。いつもはお弁当だし」

「いつもなの? 何か意外」

「何言ってんのよ。料理は科学よ。化学反応よ。熱と分子が織りなす、原始人類が初めて手に入れた科学の成果の一つよ。人が持つ化学センサーとも言うべき舌に合わて素材を料理をする。それは即ち人間の体によいものを、自然と人の手で作り上げ効率的に――即ち科学的に栄養と化すことに他ならないわ! そう、料理とは科学なのよ!」

「ふぅん。つまり得意って訳ね」

 雪野が周囲を困った顔で見回す。急に持論を力説し始めた花応に、周囲の視線が集まっていた。

「そうよ! こう見えても、いつも自炊してるんだから! 科学的にね!」

 花応はその視線に気づかないようだ。己の考えに陶酔しているのか、目をつむってしまい自慢げに胸を張って皆の視線を浴びている。

「でも、その手じゃね」

 雪野が包帯を巻いた花応の右手を見つめる。

「う……何で、こんなに人が多いのよ……」

 花応があらためて目を開けると、周囲の生徒が慌てたように視線を外した。

 食堂の奥を見れば、ほぼ満員の生徒で食堂は埋められている。

 お昼を待ち切れなかった。そんな気持ちを押さえ切れないままにか、生徒達がふざけ合いながら席の取り合いや、互いのメニューの比べ合いをしている。

「別に。学校の食堂だからって、特別なことなんてないわよ。食券買って、自分で運んで自分で片付ける。普通のセルフ式の食堂よ。ほら、こっちよ。先ずは食券よ」

「そうは言っても……人ごみは苦手よ……」

 花応が困惑に眉をひそめながら雪野の後に続いた。

「はい? あんなに人の注目浴びておいて」

「? 何よ? 私がいつ注目を浴びたって言うのよ」

「気づいてないならいいわ」

 雪野がクスクスと笑った。

「何なのよ? 一人でニヤニヤして」

 二人して食券を買う。なれない左手でお金を券売機に入れる花応。

 そのもたつく様子を雪野が更に笑みを増して見守った。

「ところで、生徒会長さんと何の話してたの?」

「はい? 誰よ、生徒会長って? 何の話よ?」

「何の話かは、私が訊いてるんだけど? これお願いします。おうどんです」

 セルフ式の厨房前に雪野が花応を引きつれていった。そのまま厨房の職員に慣れた様子で食券を手渡す。

「? こ、こうね? おお、お願いします。う、うどんです」

 花応がその様子をまじまじと見つめ、見よう見まねと言わんばかりに同じように食券を手渡した。

「話してたじゃない。今朝、ジョーを追っ払ってた時に。私教室から見てたけど」

「ん?」

「何だ、本当に分からないの? 自分の学校の生徒会長さんぐらい」

 頼んでいたうどんが雪野と花応の前に置かれた。

 雪野がうどんをお盆に置いて厨房前を離れる。

「知らないわよ。あの野次馬の中にいたの? 暇な会長さんね」

 そのままセルフ式の水を取りに向かうと、花応が慌てたようにうどんをお盆に載せて後に続く。

「『いたの?』って。ばっちり話してたじゃない。それにほら――」

 雪野の目がすっと細められる。その目の奥に警戒の光も宿っていた。

 騒ぎが起こる。それを雪野は誰よりも早くそのことを察したようだ。

「ああん! ちょっとぐらいいいだろが!」

 実際食堂の空気を凍りつかせて、男子生徒の罵倒が不意に上がった。

「ん?」

 花応も遅れてその騒ぎの方に目をやる。

「生徒会長ともなれば、一応有名人だし。役職柄、こういうところで、よく注目を浴びてるわよ。顔を知らない花応の方が、おかしいのよ」

 雪野と花応が視線をやった先に――

「混雑時にカバンを席に置くのはやめてくれ。役職上そんな『ちょっとぐらい』のことでも注意するのが仕事でね」

 三年生の学級章をつけた優男の男子生徒が一人、息巻いている男子生徒の前にして臆せず涼しい顔で注意していた。

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