十、魔法少女 27
「散々引っ掻き回して……自分だけ、さっさと消えやがった……」
宗次郎が煙幕の向こうに苦々しげに歪め目をやる。
外部の人間の侵入を未だに防いでいるその煙の壁は、その向こうを見通すことすらできなかった。
「あはは! 随分と勝手な生徒会長様ッスね! ねえ、彼恋っち!」
速水が彼恋の肩に右手を伸ばした。速水はそのまま体を預けるように彼恋の肩を抱き寄せる。
「るっさい……うざいわよ……馴れ馴れしいわね……」
彼恋が肩を抱かれたままじろりと横目で速水を睨みつける。
「おや? お嬢様らしくないッスね。ごきげんようぐらい言って応えるッスよ! こちとら友達ッスよ!」
「ふん……」
彼恋が睨まれてもまだへらへらと体を預けてくる速水の手を乱暴に振りほどいた。
「……」
そんな彼恋を花応がぐっと目に力を入れて見つめる。
「とんだ邪魔が入ったわね、花応……」
「彼恋、もう止めろ……おまえは生徒会長に、利用されていただけだ……」
「そうみたいね。あの時坂って奴。自分の力を進化させるのに、〝あんた〟じゃ力不足って見たんでしょうね」
彼恋が目を見開いてアゴを突き出し、下にねめつけるように花応を見る。
「……」
「そうでしょ、花応? 私がいなかったとして、あの生徒会長に、あんたは自慢の科学をふるえた?」
「それは……」
「ふん。無理でしょうね。科学に対しては、いい子ちゃんだもんね、あんたは。あんに直接的な使い方は、どうやってもできないでしょ?」
「科学をそんな風に使うべきじゃない」
花応がぐっと拳を握る。
「あら、私は使ったわよ。たった今ね。あんたにはできないでしょうけどね」
「おまえだって、普通の化学物質を撒いていただけだろ?」
「あの生徒会長にとっては、それはそのまま意味ではなかったでしょ? それはあんたが一番よく分かってるでしょうに」
「彼恋……」
「ふん……ええ、そうよ。私は多分あいつに利用されただけ……不甲斐ない、あんたに代わってね……ええ、そうよ! あんたのせいで、私は何か散々よ! 全部あんたのせいよ、花応! あんたにかかわると、ろくなことがないわ! 私の前から、消えてくれる? 花応!」
「彼恋……」
「花応……本気にしちゃ、ダメよ……本気で言ってる訳じゃないわ……」
雪野がよろけながら魔法の杖を構える。
「はぁ? 横から出て来て、口を挟まないでくれる? これは私達の問題なの」
「彼恋さん。あなたは、〝ささやか〟れたせいで、感情が暴走しているだけよ」
「ふん。『感情が暴走』?」
彼恋が疑わしげに右目を細め、挑発するように左目を開いて顔を歪めた。
「そうよ。その力は、人間の負の感情を以上に刺激するわ。例えば、そこの速水さんのようにね」
雪野が魔法の杖で速水を指差す。
「はは! 急に話を振らないで欲しいッスね! てか、自分。〝ささやか〟れてようが、〝ささやか〟れまいが、自由気ままに生きてるッスよ! 関係ないッスね!」
「そう……あなたらしいわね、速水さん……」
「てか、何よ? 感情が暴走ってことは、その元の感情は、その人の中にあるんじゃない。素直になっただけってことでしょ?」
彼恋が両の口角をくっと上げて笑う。
「彼恋……」
「花応……あんたも、素直になったらどう? 私のこと、嫌いでしょ? 似たような顔して、本当の両親がちゃんと生きてる私が憎くいんでしょ?」
「そんな訳――」
「ないなんて、言わせないわ! 中学を卒業する頃には、お互いに目も合わせないような状況だったじゃない? 二人して、家を出て進学することに決めたのは、仲が良かったから? はぁ? 違うでしょ! お互いに、少しでも遠くに離れたかったからでしょ? 今更、いい子ぶらないで! 全てを水に流すことなんて――できる訳ないわ!」
彼恋が右手を突き出した。その掌の上に陽光にきらめく液体がとろりと揺れて現れる。
「――ッ!」
その液体に花応が目を剥く。
「花応! 終わりにしましょう! 私の本音がどんなものか! 私の本気がどれだけのものか! 見せてあげるわ――この超がつく酸でね!」
「彼恋!」
花応が必死に妹の名を呼ぶ横で、
「あれが……さっき言ってた酸か……」
宗次郎がじっとその液体を見つめながらぽつりと呟いた。