十、魔法少女 26
「ふふ……」
時坂が苦しげに手で覆った口元。その指の間から僅かに時坂の唇が見える。
時坂は目を苦しげに細めながらも、口を不敵に歪めて笑う。
そして唇が見えるということは、本気で化学物質を防ごうとしている訳ではないようだ。
時坂はその目で宗次郎を見る。挑発的な光がその目の奥から輝いていた。
「……」
宗次郎がその視線を負けじと跳ね返さんとするかのように目を見開いた。
「はん! どう? 勝手に人にささやいた罰よ! その力で、やられてみなさい!」
彼恋が喜々として叫ぶ。
「止めろ! 彼恋!」
「うるさい! 黙ってなさいよ、花応!」
彼恋は花応の言葉に耳を貸す様子も見せない。彼恋の言葉に応じたように、時坂を取り巻く化学物質の粉末は勢いを増していった。
「ああ、止めた方が良さそうだな……」
その様子に宗次郎がぽつりと呟いた。
「何?」
宗次郎のその呟きは今度は花応にも届いたようだ。
花応が彼恋から目を離すに離せずに、ちらちらと背後の宗次郎に振り返る。
「時坂センパイ。あんた、わざとやってるな」
「おや、新聞部のエースくん。分かるかい?」
「それだけ、おおっぴらにやってりゃな」
「はは。だけどこれだけ目の前で状況が展開していて、分かるのはその程度かい?」
「……」
宗次郎が時坂をぐっと無言で睨みつける。その視線で時坂のその挑発的な笑みの向こうにある真意を射抜こうとしたかのようだ。
「結果が分からないだけだよ。狙いは、分かるな」
「ほう……」
数々の化学物質舞う中、時坂の目が苦痛とは違う細まり方をした。宗次郎の言葉の先をそのすっと細めた目が視線で促す。
「あんたは、自分の力を――進化させようとしてる……」
「……」
「あんたらの力は、段階を踏んで強くなるからな。小金沢センパイが、金を自在に操れるようになったように。砂鉄を違う種類のものに変えたように。氷室がその低温を、絶対零度まで下げられるようになったようにな。あんた……わざと、攻撃を受けて、自分の力を上げようとしてるな? 自分を追い込むことで!」
「その通りだよ……」
時坂が口元を覆っていた手を降ろした。
もうその口元が不敵に歪むのを隠そうともしない。そしてその目の方も苦しげに歪んでいない。
「はぁ?」
彼恋がその言葉に不快げに顔を歪めた。
「ふん……こんなところか……」
時坂が自分に向かって呟くと、右手を前に突き出した。その指先では親指と中指が、指先で合わせられていた。ぐっと指先に力の入れられたその指の組み方は、指を鳴らす為の形だった。
時坂は実際そのままその指を弾いて鳴らす。
「――ッ!」
小さな閃光が時先の指先で瞬いた。それは爆発を伴った閃光だった。
爆発も閃光も小さくはあったが、それで時坂を覆っていた化学物質が四方に吹き飛ばされる。
「な……爆発……」
「な、何?」
宗次郎がその光景に目を剥いて驚き、雪野が息を呑む。
「……」
花応がその光景に自慢の吊り目を警戒に細めれば、
「ムカつく……」
己の攻撃を吹き飛ばされた彼恋がよく似た目を不快げに歪めた。
「ふふん……」
速水が細い目を更に細めて、爆発や時坂ではなく皆を見回した。
「ペリ……」
爆発にとっさに翼で目を覆ったジョー。恐る恐る羽の間から目を開けると、こちらをちょうどこちらを見ていた速水と目が合う。ジョーはそのことに更に怯えて飛び上がり、宗次郎の後ろにこっそりと身を隠した。
「さて、おおよそ……僕の望み通りだ」
化学物質を吹き飛ばした時坂が満足げに皆を見回す。
「何だ? 何で、鏡写しの力を進化させたら、爆発が起こせるんだよ? あんた、何やったんだ?」
「さあ、それは自分で考えるべきことじゃないか、新聞部くん? さて、早々にお暇させて頂くよ。何せ、鏡写しのままじゃ。この世界から拒否されて、自滅するのが科学的な結論らしいからね」
時坂がそう皆を見回しながら告げると、最後に花応の顔でその目を止める。
「……」
無言の花応と時坂の目が合う。
「そうだろう? 桐山くん?」
「ええ、そうです……あなたは今、世界に……反対される存在になってるんですよ……」
「ふふ、怖いね」
「じゃあ、そんな力。捨てることですね。じゃないと、おちおちペンギンも見てられませんよ」
「ほほぅ……」
花応の言葉に時坂が背中を振り返る。そこにはジョーの張った煙幕の壁があり、その向こうには水族館があるはずだった。
「今まさに、水族館すら見えないけどね……ふふ……」
時坂が花応に挑発的な笑みを浮かべると、その姿がゆらりと揺れた。
「では、また。いずれ――」
時坂がそこまで口にするとその姿が完全に見えなくなり、
「僕はこの力を極めて、君達に相対することとしよう」
残りの時坂の声は煙幕の向こうから届けられた。