十、魔法少女 24
「ええ、先輩は放っておいても、自滅するでしょうね。科学的に」
花応の手の中の調味料のビン。それが陽光を受けてきらりと光る。
「……」
時坂はそのビンの輝きの向こうあるラベルに静かに見入る。
「これが何だか、分かりますか?」
「調味料だね。料理の時に使う」
時坂が花応の問いかけに即答した。
「……」
雪野と宗次郎、そして彼恋に速水とジョーは黙って二人の話に耳を傾ける。
「そうです。うま味成分の調味料です。グルタミン酸が入っていますから、人間の舌はこれをうまみと感じてくれます。でも、もっと正確に言えば――」
「L―グルタミン酸が入ってるから……そう言いたいんだろ?」
花応に全てを語らせず時坂がその先の言葉を先んじて奪った。
「ご存知でしたか?」
花応がその自慢の吊り目をぴくりと痙攣した。自分より先に科学的な用語が出て来たので、不意をつかれたようだ。自然と痙攣した目が今度は懐疑に細められていく。
「ああ、自分の力のことだもの。これぐらい、今の時代ならちょっと検索すれば分かる知識だ。人工甘味料とか興味深かったよ。で、今の僕はそれを舐めても、うま味なんて感じないだろうって言いたいんだろ?」
「そうです……キラリティは――」
「掌の方の、対掌性だ。同じ物質なのに、鏡写しにしたような存在。本来のアミノ酸やタンパク質からできている人間は、L―グルタミン酸をうま味と感じるのに、その鏡写しの対掌性を持つDのグルタミン酸はうま味を感じない。人工甘味料は甘味を感じても、カロリーはゼロらしいね」
「ええ。人工甘味料はこの点を巧く利用しています。おっしゃる通り人工甘味料は糖分ゼロをうたうジュースなどによく入ってます。本来の糖は甘味を感じ、そして勿論糖分として人体に吸収されます。糖分という人体に有益故に、甘いと感じるのですから当たり前です。ですが、大量に摂るのも勿論害があります。それでも甘いものは口にしたい。そこで人工甘味料の出番です。糖はほとんどの場合自然界では右利きで存在します。対して人工甘味料はわざとその糖に対して左利きで作られています。左利きの人工甘味料は、甘いと感じはしますが、人体には吸収されません。甘いものを口にしても、糖分を摂取しなくていいので、ダイエット食品によく使われます」
「はは。それは色々と〝美味しい〟話じゃないか」
「ええ、そうですね。ですが、それは栄養素としては、訳に立っていないことを意味します。つまり栄養素しては、がらくたです。キラリティにより、今の鏡写しになっている先輩には、この世界を取り巻く多くの物質が、先輩にとって役に立たない〝がらくた〟であるはずです。うま味を感じる為には、Lとは逆にDのグルタミン酸を舐めないといけませんし。砂糖なら本来甘味だけ感じて吸収されない人工甘味料を摂らないと、人体に栄養として吸収されません。だがそれは世界の自然な姿からは逸脱しています。先輩は今自然とに逆らって存在しているのです。非科学な選択ですね。鏡写しの状態で、この世界に触れているのは、とても危険なこと――自滅するのがオチだと思いますよ」
「ふぅん……つまり全く同じはずなのに、Dのグルタミン酸や、人工甘味料は評価されないんだ、人体として」
「ええ、それらは似ていても、似てるだけです」
「……」
花応の何気ないその言葉に、彼恋がびくっと体を震わす。
「ほう……つまり左手と、右手のような関係。同じ形なのに、相容れない形をしたキラリティ。それがもたらす他人の評価は、全く違うということかな」
時先はそこでちらりと彼恋を見る。
「……」
彼恋が時坂の言わんとしたことを察し無言で睨み返した。
「ええ。人間の評価は全く違います。自然でないエナンチオマーは、時に害にもなります」
「ふふ……瓜二つなのに、鏡写し故に、害ですらあるもの――」
「……」
未だこちらを見てくる時坂に、彼恋がぎりりと奥歯を噛む。
「そうです――」
花応は彼恋が時坂の言葉に反応していることに、背中を向けていたが故に気づけず続ける。
「自然界のものは、右利きか、左利きか、どちらかが存在します。ただ人工的にこれらのものを作ると、右利きも左利きも、両方同じ数だけできます。ですが、実際は自然界には、この右利きと左利きが〝偏って〟存在します。人工的に一から作れば、つまり本来理論上では、右利き、左利きが両方が自然界に存在しないといけないのにかかわらずです。これは科学的な謎です。ただ両方が同じ数だけ生まれても、あるきっかけで片方の数だけ大量に増えれば、そちらのみが大量に生まれることも知られています。隕石の衝突などが、この世界にグルタミン酸ならLばかりを生んだ原因――とも考えられています。隕石がL型のアミノ酸を宇宙から運んで来たという考えです。とにかく、理由は謎ですが、我々人間はこの世界にある左なら、左。右なら、右の物質を利用にするように進化しています。自然とそこにあるんですから、その方が科学的ですし、ある意味自然な理屈です」
「なるほど。人間はその自然界にある方の物質のみを、本来は相手するようにできているわけだ。不自然に作られたものは、自然には受け入れられない」
「そうです」
「じぁ……そこで君を必死に真似ようとした彼女は、不自然な偽物なんだろうね?」
「――ッ!」
花応が時坂の言葉に驚き振り返る。
「……」
そこには己の憎悪を表さんとか食いしばった歯をむき出し、
「私は……あんたのエナンチオマーじゃない……」
それでも目の端を涙で光らせながら彼恋が立ち上がろうとしていた。
文章中の隕石とアミノ酸の関係は以下の番組を参考にさせて頂きました。
http://www.nhk.or.jp/space/program/cosmic_140327.html
また文章中の人工甘味料などは以下のサイトを参考にさせて頂きました。
http://j-shiyaku.or.jp/home/kaishi/200201/chiral.pdf
http://www.s-graphics.co.jp/tankentai/news/lefthanded.htm
http://www.org-chem.org/yuuki/chirality/L-R.html