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十、魔法少女 23

「言ったよね? 僕は偶然、力を手に入れた。十年前のあの日にね……」

 時坂が辺りを見回す。目に着くのはジョーが張った煙幕だ。

 煙の向こうからは相変わらずの喧噪が聞こえてくる。だがまだ遠巻きにしているだけで、誰かが強引に入ってくる気配はない。

「私が間に合わなかったから……」

「千早くん。別にそれはどうでもいいことだよ。前にも言った。君が気に病む必要はない。被害者面するつもりはないしね」

 時坂が右手を不意に挙げた。

 時坂の右手は口元を押さえる。その手は僅かに左にずらされていた。そしてその右手の指先を押さえるように左手が添えられる。その左手は同時に耳元をも覆う。

 それは携帯を声を殺し、耳を澄まして使うような仕草だった。

「何だ? 携帯? 今、何処電話すんだよ?」

 その様子に宗次郎が目をしばたたかせる。

 勿論と時坂の手の中に携帯も何もない。ただ時坂は空間を作って口元と耳元を覆った。

 だが実際時坂は声を殺し、耳を澄ました。

 時坂は自分自身の〝ささやき〟を――


「力が欲しいか……」


 声を殺して〝ささやき〟耳を澄まして聞き入れた。

「――ッ!」

 雪野が目を剥き、

「ふふ……」

 時坂が不敵に笑う。

「な、何だ?」

 状況が把握できなかったのか、宗次郎が雪野と時坂の顔を慌てて交互に見た。

「言ったろ? 僕はコツを掴んだって。これは僕自身の力となっている。いつでも、ささやけるよ」

「だからって!」

「そう、千早さん。だからって、むやみやたらに力が手に入る訳じゃない」

「……」

「やっぱり僕には、同じ力を手に入れたみたいだ」

 時坂の姿が消える。そしてすぐに花応の後ろに現れた。

「――ッ!」

 花応が驚き背中に振り返る。

「ペリッ!」

 真横に現れた時坂にジョーが羽をまき散らして驚き飛び上がった。

「うん。やっぱり、同じ力か……やれやれ……まあ、いいか……」

 時坂は花応の後ろで何事もなかったかのように呟く。自身右手を挙げ、そこに着いている時計が半時計回りに回っていることにうんざりとした視線を送った。

「生徒会長!」

 宗次郎が花応を引き寄せ、とっさに時坂から引き離す。宗次郎はそのまま花応を己の背中にかくまった。

「く……」

 雪野は彼恋と速水の前から身だけ翻して、その場で唇を歪めてもどかしげに唸った。

「おっ? あっちいっていいッスよ」

「速水さん……」

 細い目を楽しげに更に細めた速水に、雪野がぎりりと歯ぎしりまでした。

「ふん……なるほど……これも運命か……僕は、確かに欲しい力を手に入れていた。単に、偶然、他人に与えられた状況だけが、気に入らなかったようだ……では、この力が……」

 時坂は一人でうなづく。

「時坂先輩……」

 花応が宗次郎に背中から時坂に呼びかける。

「何だい? 桐山さん」

「その力は、非科学です……」

 花応の吊り目が宗次郎の背中越しに鋭く時坂の目を射抜いた。

「そうだね……じゃあ、科学的に倒すかい?」

「ええ、それも可能でしょう。人間の――いいえ、生命の体はアミノ酸でできています……このアミノ酸は、全て言わば左利きなんです……」

「ほう……」

 時坂がアゴに手をやった。それは左手だった。本来右利きの時坂が、左手を自然とアゴに手をやる。

「物質は分子の結合の内容で、その性質が変わります。水なら、水素2と酸素1のように、元素の組み合わせと、種類でその性質が変わります。ですが、組み合わせは同じでも、全く外見などの性質が変わることもあります。グラファイトとダイヤモンドのように、炭素の同素体が目に見えるいい例です。これは結晶構造が違うと、同じ元素から構成されていても、出来上がる物質の性質が異なる例です。ですが、もっと分かりにくい――目には見えないところで、全く同じ内容でありながら、その性質を異にする場合もあります……」

 花応が時坂の右手をじっと見つめる。

 そこにあるのは鏡写しのような反時計回り回る腕時計。

「今の私は、あなたに構っていられない……」

 花応がジョーの嘴に手を突っ込みながら、ちらりと後ろを振り返る。

 雪野の背中越しに彼恋と目が合った。

「……」

 彼恋が無言で花応を見つめ返す。何かに負けまいと、その目元にぐっと力が入れられていた。

「だから、放っておいても〝自滅〟するはずのあなたに、構っている時間が惜しい……」

「『自滅』? 僕がかい?」 

「ええ……」

 花応がジョーの嘴から慎重に何かのビンを取り出した。

「今のあなたは――鏡写しのあなたは、こんなものも、毒かもしれませんよ……」

 花応がゆっくりと取り出したビンを時坂に突き出す。

 花応の手の中に乗せられていた化学調味料のビン。

「ほう……」

 毒と言われたそれを、時坂は不敵な笑みで見下ろした。

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