十、魔法少女 22
「なっ!」
雪野の杖の前に不意に割り込んで来た時坂。時坂は腕こそ交差させて杖の衝撃を抑えようとしているが、その体をまともに杖の下に曝して来た。
「時坂先輩!」
勢いがついていた雪野はその杖を止めることができなかったようだ。
相手の名を叫びつつその杖を最後まで真っ直ぐ振り下ろす。
妖しい光が杖の先からほとばしった。
時坂の姿が光の向こうに消える。
「――ッ!」
皆がその光に目を細める中、
「おや、まぶしいッスね」
速水が細い目をその光に見開く。
見開いてなお皆より細い目を速水が光の中に向けた。
閃光の向こうに時坂の顔が微かに覗く。
「はは。ご満足ッスか? 生徒会長様は」
そこに浮かんでいた時坂の顔。片方の口の端を吊り上げ、筋肉の緩んだ頬を丸くしていた。
光はすぐに収まった。結び損ねた風船のように光は急激に力を失ったように萎み、積もる前のアスファルトに落ちた最初の粉雪のようにすっと溶けるように消える。
「何だ……何を考えてやがる……」
宗次郎がまだ目を細めたまま時坂に鋭い視線を送る。相手をよく観察しようとしたのか、それとも単に光の残像が目に焼きついてしまっているせいか。祖次郎が目の奥に力を入れて時坂の様子を油断なく見つめた。
光が納まり時坂の姿が再び現れる。
「ちょっと、痛かったかな……そんなに勢いよく振り下ろさないといけないものなのかい?」
時坂が交差させた両手をほどき、指先から水滴でも振り払うように軽く左右に振った。
流石に杖の一撃を受けて痺れているらしい。雪野の杖をまともに受けた両腕が細かく震えている。
「時坂先輩! やっと自分の力に、嫌気がさしましたか?」
杖を前に突き出したまま後ろに軽く飛んで下がった。
「そうだね……ふむ……」
時坂が何かしようとして力んだ。だが軽く鼻から息が漏れるだけで何も起こらない。
「おっ。本当に力を失くしたようだよ」
時坂が首を傾げるようにして左右に振った。
「ご自身の力を失いたかったのなら、素直に言ってくれればよかったんじゃないですか?」
「そうだね、千早くん。別に、色々と保険だよ」
「『保険』?」
「そう。例えば、目的を果たす前に、妹さんがヘタレて力を奪われそうになった時とか用だね」
時坂が背中を振り返る。
そこには床にお尻を着いて座り込んでいる彼恋の姿があった。
「ひ……」
急に話題を振られて彼恋が小さな悲鳴を上げた。
「おや? 怖がるのは、僕じゃなくって、お姉ちゃんだろ? 君が怯えていたのは、素直に自分の非を認める姉に――じゃなかったっけ? アイデンティティの危機だもんね」
「な、ななな……」
彼恋が目を剥きそれでもまだ怯えをその細かく震えるまぶたに残しながら時坂を見上げる。
「僕の力は、科学的にどうにかできるかい?」
「はぁ?」
時坂がにこやかに訊いて来た内容に、真っ先に反応したのは宗次郎だった。
「何、言ってんだ? たった今、自分の力を失ったばかりだろ? あんた」
「流石、新聞部だね。疑問即、質問とは。いや、単なる抗議かな?」
「ふざけるな。これだけの騒ぎを起こしておいて。寝ぼけたこと言ってりゃ、そりゃ言ってやりたくもなるぜ」
「やっぱりただの抗議かい? やれやれ……じゃあ、答える必要もないな。それに、質問は僕の方が先だ。さあ、桐山妹さん。僕の力は、科学でどうにかできるかい?」
「それは……」
「できますよ……だけど……」
考え始めた彼恋に代わるように、花応がぐっと両手で拳を握って時坂の質問に答えた。
「『だけど』? だけど、今となっては無意味って言いたいのかな? ああ、非科学って言うか。君なら」
「時坂先輩? 何をふざけているんですか?」
時坂と花応の会話に、今度は雪野が割って入る。雪野は魔法の杖も同時に二人の間に突き出した。
花応を守りつつ、時坂に雪野は杖を突きつける。
「おや、怖いね。力を失った一般人に、向けていいものなのかい?」
「何をさっきから、非科学な……」
花応がそう呟きながら時坂の表情をいぶかしげに覗き込む。
「ふふん……」
そしてその顔を更に速水がその細い目で見つめていた。