十、魔法少女 21
「――ッ!」
無意識に後ろに下がったことに気づいたのか、彼恋がはっと目を見開いた。
「科学の娘のくせに! 魔法少女の力を借りて! 恥ずかしくないの?」
そしてそのことをなかったこととするように、彼恋は闇雲に鉄とアルミを投げ放った。
「一人でできないことを、二人でする! 科学的じゃないか! 何も恥ずかしくないぞ、彼恋!」
彼恋に答える花応の代わりに、
「はっ!」
雪野が魔法の杖をふるって鉄とアルミの金属粉に炎をぶつける。
炎は今度も彼恋よりも先に鉄とアルミを燃焼させる。
「な……この! この!」
先よりも自身に近い位置で怒るテルミット反応。彼恋が焦ったように次の次々と鉄とアルミを放り投げる。
「やっ! はっ!」
「く……」
その度に雪野の炎に先を越され、彼恋は花応達の前で白リンをぶつけることができない。
「じゃ、俺も手を貸すかな。これで三人だ。更に科学的だろ?」
花応の隣に宗次郎が並ぶ。爆煙が辺りに煙をまき散らす中、宗次郎がそれを肩で切って雪野とは反対側に並んだ。
「あんた、役に立つの?」
「失礼だな、桐山。白リンのガラスビン貸せよ。お前より真っ直ぐ投げられるぞ。千早一人じゃ大変だろ?」
「ふん……」
花応がジョーのノドの奥に手を突っ込んだ。
その顔は不機嫌そうにふくれているが、頬は気色の表れか赤くなっていた。
「あら。ほっぺが赤いわよ、花応」
「テルミット反応の熱のせいよ、雪野」
「あらそう」
「そうよ」
「うっといわね! あんたらは!」
三人の会話に業を煮やしたように彼恋が今度も鉄とアルミの金属粉を次々と投げつける。
「はっ!」
「この!」
左右にちょうど分かれた連続攻撃を、雪野の炎と、宗次郎の白リンが迎え撃った。
今度も花応に届く前にテルミット反応を起こしてしまう金属粉。
「……」
そしてその二人の間で花応は自身は何もせずに堂々と胸を張っていた。
「うわわわわぁぁぁ!」
花応の様子に彼恋は目を見開き両手で頬をかきむしる。
「何よ! 何よ! 何よ! 何であんただけ! あんただけ! そんなに恵まれてるのよ!」
彼恋が目を剥いて吠える。
「……」
その様子を彼恋を間に挟んで立つ速水と時坂が横目で見つめた。
「いつもそうよ! あんたがグループの財産を全部継ぐって分かってから! 皆の視線はあんたに向かった! お爺様ですら!」
「じいじは、単に孫を心配しただけだ」
「そのじいじっての止めなさいよ! 鬱陶しいわね!」
「彼恋。お前も昔は、じいじって呼んでたじゃないか。じいじって呼べばいい」
「はぁ! 子供かっての! 私達は将来! 世界でも有数の大企業を継がなきゃなんないのよ! あんたみたいに、じいじだの! 科学の娘だの! 甘えたこと言ってられないの!」
「……」
花応は彼恋に応えない。
ただ破けた白いスカートで大きく確実に彼恋に迫っていく。
「こっちには大学の先生に挨拶に来たって言ったでしょ? あれは経営の偉い先生よ! 私はあんたとは違うの! 私は努力してるの! あんたみたいな甘え許されないのよ! そうしないと、家族がこっち見てくれないのよ!」
「……」
花応が黙って彼恋が叫ぶに任せた。
「何よ? やっと自分の甘さが分かった?」
「だからか、彼恋。お前は、私の代わりに、経営とか勉強してくれてるのか?」
「――ッ! 何を言って? そんな訳ないでしょ!」
「そうか。私はお金はチンプンカンプンたがらな。そうだと、助かると思うぞ」
「――ッ! ああああ、あんたは何を言って!」
「ダメか?」
「ダメに決まって――」
彼恋は答える途中で息を呑み込む。
花応はいつの間にか目の前に立っていた。
「な……」
「彼恋……」
よく似た顔が互いの目を覗き込む。
花応の視線は逃げそうになるのを意思の力で抑えているのか細かく震えていた。
彼恋の視線は泳ぐそれを何とか前に向けようとしてか震えていた。
「……」
雪野が魔法の杖を構えて速水と時坂に向けて威嚇していた。
「ごめんな、彼恋。お姉ちゃん、色々と間違ってたよ」
「――ッ!」
彼恋が花応の言葉に更に目を剥く。そしてその破れて煤け、汚れに汚れた花応の姿に目を向ける。
「これからは、色々と二人でやろう」
「ひぃ……」
彼恋が鉄とアルミが宙に浮いた両手を花応に向けた。
それは攻撃の為というよりは、単に本能的に身を守ろうとしただけのようだ。
彼恋は今や怯えたように両手で自身の身を守ろうとする。
「私を助けてくれ、彼恋」
花応がその向けられた両手を恐れずに更に一歩前に出だ。
「うわわわわぁぁぁぁっ!」
彼恋が肺腑の底から突き上げたような悲痛な叫びを上げる。
彼恋の両手ががっくりと垂れた。
「だけど、今はお前を助けるのが先……雪野!」
その様子を合図にしたように花応が雪野に手を伸ばす。
「任せて! 彼恋さん、その力――」
雪野は速水達に向けていた魔法の杖を彼恋に向かって振り上げた。
「……」
速水がその様子に唇の端を曲げて笑う。
「失くしてあげる!」
速水の笑みに構わず雪野は魔法の杖をふり降ろす。
雪野の杖が彼恋の頭上に振り下ろされたまさにその時――
「それは、僕に頼むよ……」
時坂が杖の前に不意に鏡写しの力で現れ雪野の杖を自らくらった。
次回の更新は4月15日以降の予定です。
4月10日締め切りの賞に集中します。ご了承ください。