十、魔法少女 20
「うん。動きやすくなった。足の可動範囲より、スカート内の容量が小さいから動きにくかったのよ。これで力の逃げる場所ができたわ。うん、科学的ね」
白い生地を腰まで裂いた花応は、そのスカートから両手を離すと満足げにうなづいた。
そして何か憑き物が落ちたかのようにすっきりした様子で一人呟く。それは自分に言い聞かせていながら、皆には聞かせているような独り言だった。
花応の手から離れたスカートが二つに裂かれた布地を風にまかれながら地面へと落ちていく。
見るからに上等な生地と刺繍のされたスカートは、今や泥に汚れ、布地すら二つに裂かれしまっていた。
一際大きな風が起こり花応のスカートを舞わせた。それは自らの意思があるかのように二つに分かれて風に舞う。
「うん」
花応はもう一度自分を納得させるようにうなづきながら一歩前に出た。
右足を前に出した花応。先まで隠れていた白い右足が、裂けたスカートから大きく前に出た。
花応の右足は力強く芝生を踏みしめる。
その動きに合わせて二つに裂けたスカートが風にまかれる。
やはりそれは意思でもあるかのように力強く舞った。
まるで右足を竿にし、スカートを旗にした叛旗か何かのようだ。
花応の意思を表したかのようにスカートが風にはためく。
上品な白の色目は今や泥にまみれ、上質な生地は無惨に裂けている。
それでもなおそれを誇示するように花応はスカートを翻しながら右足を力強く前に出した。
「……」
皆が次にかける言葉を探したのかしばし黙って花応の様子に見入っていた。
「何よ……」
そんな中彼恋がぽつりと呟く。
憎悪に剥いた目のままに、それは驚きに固まってしまっている。
「別に。科学的に考えて、動きやすくしただけだ、彼恋」
花応が踏み出した右足を少し外に広げた。
踏ん張りの効く体勢に足を広げた花応は、それでも更に動きやすさを強調したようだ。
それでいて真正面から彼恋と向き合う形に自らを持っていく。
「それ……大事な服でしょ? お爺様にもらった」
「そうだな。大事な服だ」
「それをそんなにして……」
「なぁに。〝じいじ〟なら、笑って許してくれる。な、彼恋」
自信ありげに笑いかけてまで来る花応に、
「なっ……『じいじ』ですって……」
裂けんばかりに目を剥く彼恋。
「ああ、じいじだ。何かおかしいか、彼恋」
「何よ、急に。普段はお爺様じゃない」
「別に。私は私。呼びたいように呼ぶ。じいじで悪い? スカート破って悪い? オイタする妹に、向き合って悪い?」
「なっ!」
「私は――」
花応がそのまま前に出る。花応は後ろに控える形になっていたジョーの首根っこを同時に掴んだ。
「ベリ……」
花応はジョーの嘴の奥に問答無用で右手を突き入れる。
「近寄らないで!」
その様子に彼恋が両手を不意にふるった。
「――ッ!」
それと同時に花応がジョーの嘴から右手を抜き放った。
彼恋のから放たれのは鉄とアルミ。花応の手からのそれは白リンのビン。両者はほぼ真ん中でぶつかった。
今度も花応に届く前にテルミット反応の炎が目を皆の射抜く。
だが先よりも距離の近くなったその反応は、花応の服に炎は消えても黒い煤となって襲いかかる。
「汚れるわよ! 大事な服が!」
「大事な服だから! 大事なことに使う! 何もおかしくない!」
「な……」
彼恋がギリッと音まで鳴らして奥歯を噛み締める。
「妹と向き合うのは、大事なことだ!」
花応がもう一歩前に出た。
「なっ! 来るな! 今更、何よ!」
彼恋が今度は右手を空に突き上げた。
今度は鉄でもアルミでもなく、陽光にきらめいたのは何かの液体だった。
「あの酸は、私には防げない……頼んだ……」
花応がぽつりと前を向いたまま呟く。
「オッケー! 任せて!」
雪野が花応の後ろから不意に姿を現す。一度はふらふらになったはずの雪野が、花応の横に並ぶや否やその手の中の杖を力の限りふるった。
雪野の杖の先から小さな閃光がほとばしる。それは小さいが目映いばかりの炎だった。
雪野は実際には回復したのではなく、気力を振り絞っていただけのようだ。
「おっとと……」
杖から炎を撃ち出すやバランスを崩してふらつく。それでも楽しげに両の口角を上げて、自身が放った炎に目も輝かせる。
炎は彼恋の手元を寸分の狂いも見せず打ち抜いた。
「な……」
彼恋の頭上で炎に巻かれた酸が音を立てて一瞬で蒸発する。
「ありがと、雪野。高温で蒸発、ちょっとは科学的になってきたじゃない」
「どういたしまして、花応」
花応と雪野がともにうつむき、目をつぶって言葉を交わす。
そして二人は同時にきっと顔を上げて彼恋を見た。
その鋭い意思のこもった目に射抜かれ、
「な……」
彼恋が無意識にか後ろに一歩後ずさった。
次回の更新は26日の予定です。
ひとまずそちらでお休みさせて頂く予定です。