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十、魔法少女 19

「私の中のあんたの否定して! 私は本物になる!」

 彼恋はそう吠えると両の掌の金属を放った。陽光を受けて鉄とアルミがきらめいた。

「彼恋!」

 花応はジョーの嘴から突っ込んでいた右手を抜き放つ。そのふるわれる勢いのままに花応の右手から新たなガラス瓶が放り投げられた。

 今度も花応と雪野の前でそのガラス瓶は鉄とアルミの粉末に激突し、その勢いでガラスが割れて中身をぶちまける。

 続いて起こったのはやはり目も眩むような爆発だ。

 より彼恋に近づいた花応の頬をその爆煙が舐めるようにかすめた。

「桐山! 無茶だ!」

 宗次郎が慌てて駆け寄ってくる。宗次郎は引き戻そうとか花応の手首を掴んで後ろに引っぱった。

 だが花応はその場から動かない。

 爆発による煙が辺りを覆い彼恋達三人の姿をその向こうに隠した。不意にやんだ風が煙をしばしその場に留まらせる。

「あの娘は私が止めるの!」

「だからって! こんな前でな! お前!」

「後ろで隠れてろっての!」

「ああ、そうだ! そんなひらひらのスカートで戦うつもりか! 幾らなんでも、危な過ぎだ!」

「く……」

 宗次郎の言葉通り花応は巧く相手に抗えない。長いスカートが邪魔をし、花応は巧く足を踏ん張らせられない。花応が後ろに手を引く宗次郎に負けそうになりながらかろうじて踏ん張った。

「さあ、煙で隠れている今の内に!」

「嫌よ!」

「お前な!」

 花応はそれでも相手に抗ってその場に踏みとどまり、宗次郎もなお腕を引いた。

「河中……」

 もみ合うようになって手を引っぱり合う花応と宗次郎の後ろで雪野がようやく立ち上がる。

「おう! 千早も、言ってやれ! 危ないって!」

「危険は……覚悟ね? 花応……」

 雪野が肩で息をする。立ち上がるだけで息が上がるのか、雪野の何度も上下した。そして絞り出すように途切れ途切れに花応に訊く。

「おいおい、千早!」

「当たり前よ……あれは、私の妹よ……」

 花応は雪野に振り返らずに答える。釘づけになったように煙の向こうの人影に目を向ける。

 爆煙がゆっくりと晴れた。

 変わらずこちらを憎悪の目に歪める彼恋の姿がうっすらと現れる。

 その両隣には何処か人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる速水と時坂。

「彼恋……」

 花応がギリッと奥歯を鳴らしながら彼恋を見る。

「そうね……あなたの妹ね……」

 雪野が一際大きく息を吸う。一気に息を整えようとしたのか、それは音すら響く程大きな深呼吸だった。

「そうよ……だから――」

 花応が今度も奥歯を食いしばりギリッと音を鳴らす。そして肩もこわばらせ、こちらも音がする程強く両の拳を握りしめた。

「だから、そんなに力むことないわよ。妹なんて、ただの家族じゃない?」

 だがそんな花応に皆まで言わせず雪野が口を挟む。

「へ?」

 虚をつかれたように花応が雪野に振り返った。

「ヒドい顔してるわよ、花応。まるで〝敵〟にでも、会ってるみたい」

 方々を泥と煤に汚しながら雪野が花応に軽く微笑む。

「『敵』?」

「そうよ、敵よ」

「雪野……」

 花応の肩からゆっくりと力が抜けていく。

「家族は敵だったかしら? そう言ってたわね。でも、実際に久しぶりにあってどう? やっぱり敵だった? 敵となら戦うわ。私はずっと、そうして来たもの。否定しないわ。私は魔力をふるうことで、物事を解決して来た。でもね、あなた達二人は。少なくとも、私には――」

 雪野が言葉を区切りながら口にし、一歩踏み出すや花応の横に立った。

「甘えてくる妹と、こちらも本当は甘えたい姉が、姉妹喧嘩してるようにしか見えないわね」

「……」

 耳を傾けていたのか彼恋が雪野の言葉に更に目を剥く。

「雪野……」

「私もさ、弟が居るんだけどさ。言ってたっけ? これがまた、馬鹿なの。アホなの。甘えたなの。勉強は邪魔されるわ。おやつはとられるわ。服は汚されるわ。もう、キッーってなるけど。別に敵じゃないわよ。家族よ」

「……」

 彼恋とは対照的に花応の目は力みを失くしていく。

「なるほどな――」

 雪野の言葉に宗次郎がわざとらしくうなづいて呟いた。そして雪野の口調を真似たのか、一言一言区切るように続ける。

「ウチの親父はさ、カメラマンなんだけどさ。言いたくないけど、馬鹿でね。アホでね。子供でね。取材で海外飛び回っていて、年に何日も家に帰ってこないんだよな。収入は不安定だし。貯蓄は食い潰すし。お袋は苦労してるし。もう、ギャーってなるけど。別に敵じゃないな。家族だな」

「あんたのは、聞いてないわよ」

 花応が今度は頬をふっと緩めた。

「さよけ」

「そうよ」

 応えた花応の肩からはもう完全に力が抜けていた。そして一度は握った拳が緩んでいる。もはや全身から力みとそれをもたらすものが抜けていったようだ。

 花応はその力みの消えた体で彼恋に振り返った。

「何? 散々吠えておいて、今更家族ごっこ? いいご身分ね!」

 迎えたのは限界までその目を剥いた可憐だった。

「ごっこじゃないぞ、彼恋」

「『ごっこ』よ! 私達はずっとそうしてきたわ! 違う?」

「違わない」

「そうよ! 大切な〝じいじ〟からもらった、似合わないお嬢様趣味の服で着飾った、今のあんたの姿そのものよ! 表面だけはお上品で、こ綺麗な! お金だけはあるけど、そのことばかりが目立つ! 理想と現実が噛み合ない、着慣れないその服のような家族よ!」

「確かに、違わない。彼恋、だけどお前は間違ってる。この服を贈ってくれた、お爺様の思いがお前は見えてない」

「何を偉そうに! お揃いの服を着てくる期待を裏切られたんでしょ! 私に! その服来て楽しい一日を過ごす思いを裏切られたんでしょ! 私に! 真っ白なままで汚すのも気が退ける服を、今まさに泥だらけにしてるんでしょ! 私のせいで! 私を敵だと思ってかかって来なさいよ! そんな覚悟! ないでしょうけど――」

 彼恋がまくしたて、そして唐突に目を剥いて息を呑み込んだ。

「私にだって――」

 花応が彼恋に構わず長く白いスカートの裾を右足の太ももの上まで捲し上げたからだ。

 花応はその裾を両でぐっと鷲掴みにするや、

「覚悟ぐらいある……」

 音を立ててスカートを腰まで縦に裂いた。

次回の更新は19日を予定しています。

4/10日締め切りの賞に応募する作品を書く為に、ペースを落とさせて頂きます。

ご了承下さい。

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