十、魔法少女 17
「あははは! これッスよ! こういうのを、待ってたッスよ!」
電撃をくらい、くの字に曲がった速水の体。その体は電流に耐えきれなかったようだ。
速水はがくりとヒザを折り、地面に片ヒザを着いた。
それでいながら速水は両の唇の端を上げて奇声めいた笑い声を上げる。何か内から沸き上がる喜びに身を任せるような笑い声だった。
「な、何……」
その体と顔のアンバランスな様子に雪野が思わず息を呑んだ。
「ふふ……ヒドい攻撃だね……」
雪野の体を未だに後ろから羽交い締めにしていた時坂が意味ありげに笑う。
「――ッ! 次はあなたですよ、時坂生徒会長!」
雪野が羽交い締めされたままで後ろを振り返る。そしてその勢いのままに身を捻り時坂を振りほどいた。
「おっと、力比べは君の勝ちか」
「当たり前です」
「はは、魔法少女は力持ちだね」
時坂はさして抵抗も見せずに振りほどかれると、二、三歩と後ろに退いた。
雪野は振りほどいた勢いのままに時坂に振り向いていた。そして勢いがつき過ぎたのか雪野の体は完全に反転し、彼恋達に背中を見せてしまう。
「出しゃばるから、やられるのよ!」
雪野が時坂から自由になり背中を見せたと見るや、彼恋が速水より前に出た。彼恋は未だ憎悪に歪む目で彼恋をちらりとだけ見下ろしてその横をすり抜けた。
「別に、やられてないッスよ!」
「いいざまじゃない! ただの力自慢さんは、引っ込んでなさい!」
彼恋が片ヒザを着いた速水の前に出る。
「おや? 守ってくれるッスか?」
「はぁ? 何言ってんのよ! あんたが元々、私の前に出たんでしょ!」
わざとらしい甘えた顔で見上げてくる速水の声と視線を振り払うかのように、彼恋が苛立たしげに左右の手の振り上げた。
彼恋の両手から連続して鉄とアルミが放たれる。
「同じ手は喰らわないって――」
雪野が気配だけで状況を察したのか、一度は見せた背中を振り返りその勢いのまま魔法の杖をふるった。
だがその手が途中で止められる。
「――ッ!」
「本当、力自慢だね」
時坂が雪野の手をその手首で掴んでいた。
しかし時坂の手は雪野の動きを一瞬だけ止めてすぐに振り払われる。やはり力は雪野の方が上なのか時坂の手はわずかばかりに雪野の動きを止めただけだった。
だがそれで十分だったようだ。
時坂の姿がゆらりと消えて、雪野の背中には既に白リンの炎が迫っていた。
「く……」
うなる雪野の振り返り切れていない横顔の上で爆煙が上がった。続いて轟いた爆発音とともに、赤い炎が一瞬で雪野の全身を襲う。
「雪野!」
爆音に混じって雪野を呼ぶ声がこだました。
「がは……」
雪野の身が爆煙からよろけるように倒れ出て来た。それでも雪野は右足を一歩前に出すと、倒れまいとその身を支えようとする。雪野が崩れそうになる足で何とかその場に踏みとどまった。
そして炎にまかれたはずの雪野の身は、わずかに黒い煤が着いているだけだった。雪野の手の中で魔法の杖が妖しい光をほのかに灯している。
「防いだのね? 生意気!」
彼恋がその様子を見て更に両の手をふるった。
「く……」
雪野が杖を前に掲げる。ほのかに光っていた光がわずかに大きくなり、次に襲いかかってきた爆発を不可視の力がその場で押しとどめる。彼恋のテルミット反応の炎は雪野のに届き切る前に阻まれ爆発した。
「あはっ! 障壁ってやつッスか? いいッスね! いいッスね! ああいう地味な力も!」
細い目を見開いて速水がその光に吸い込まれるように見入った。
「何なのよ! 何、頑張ってんのよ! いいから、倒れなさいよ!」
雪野の前で光る見えない壁に向かって彼恋が次々とテルミット反応の炎を放った。
「……この……」
雪野が防戦一方でその攻撃を受ける。そして受ける度に片ヒザが地面に落ち始めていた。
雪野の片ヒザが地面に近づくに連れて、爆発も雪野の身に近づいていく。それでもぎりぎりのところで雪野は倒れない。
「いい加減に――」
彼恋が苛立にか目尻を痙攣させながら、今まで以上の大きさの鉄とアルミの粉を投げつけた。
今度こそ耐えきれない。迫り繰る二つの金属粉に、雪野がそう覚悟を決めたよう魔法の杖を強く握り締める。
「いい加減にしろ! 彼恋!」
背後からのその言葉とともに、雪野の横を何かが音を立てて通り過ぎた。それはきらりと陽光を反射しながら雪野の顔の横をかすめて飛んでいく。
雪野の背中の方から飛んで来たそれはガラス製の薬剤ビンだった。
ガラスのビンは彼恋が続けて放った白リンよりも先に金属粉に激突する。
その勢いでガラスが割れるや、その中身が鉄とアルミに反応して爆発した。
彼恋の白リンが届く前に発火した鉄とアルミ。それは結果、雪野に届かない位置での爆発となった。
「……」
皆の視線が一人の少女に一斉に集まった。
少女はペリカンの首根っこを掴まえてそのノドの奥に手を突っ込んでいた。
「ペリ……」
苦しげに声を漏らすジョーのノドの奥に手を入れたまま、
「白リンぐらい……私だって、持ってるぞ……」
皆の視線を一身に受けた花応はゆっくりと震える足を前に出した。
諸事情で更新がズレました。予告もなしで申し訳ないです。