十、魔法少女 16
「ええ! 私とあなたはエナンチオマーよ! ええ、そうよ――」
彼恋が左手を高々と上げた。先に右で呼び出していた鉄の粉が、今はその左手の中で浮かんでいた。
「似ていても決して重ならない、左手と右手だわ! いえ、むしろこの方が、私達らしいわね!」
花梨は目と歯を剥いて花応を睨みつける。
「彼恋……」
花応が息を呑んで彼恋の名を呟く。花応は前に出ようとしてか体をぴくりと動かした。
だがどうすることもできないのか花応は堅く握ったままの手で固まってしまう。
「……」
その花応を横目に見て雪野が更に前に出る。その目は何か感情を押し殺したように静かにすっと横に切れ長に細められていた。
だが目は冷静でも体は先に受けたダメージが残っているらしい。
前に出た雪野の体は少しふらついていた。
それでも何かを覚悟したのか雪野はぐっと奥歯を噛み締めて背筋を伸ばす。
「その力! 失くしてあげるわ!」
そして一気に地面を蹴った。雪野が真っ直ぐに彼恋に向かう。
「余計なお節介よ!」
彼恋は左右の入れ替わった体で、鉄とアルミの粉を雪野に向かって投げつける。
続けてそれを着火させる白リンの炎を呼び出した。
白リンが彼恋の手から投げつけられる。
その前に――
「何度も同じ手は――喰らわないわ!」
雪野が杖をふるった。
雪野の魔法の杖の先から炎が上がる。雪野の炎は彼恋のそれより先に迫り繰る鉄とアルミの粉に向かって放たれた。
「な……」
「あは!」
彼恋の炎よりも先に到着し、着火されて起こる錆びた鉄とアルミによるテルミット反応。
彼恋はその光景に息を呑み、速水が楽しげに声を上げた。
速水はその細い目の奥を子供のように輝かせてさえいる。速水は何か目に刻み込むように雪野の放った炎とその軌跡を追った。
そして酸化鉄とアルミニウムとの間で起こった爆発的な酸化還元反応で、彼恋達の目の前が真っ赤に染まる。彼恋が放った白リンの炎はその中に呑み込まれて消え、雪野の姿もその向こうに消えた。
「はっ!」
だが雪野の姿が消えたのは一瞬だけだった。相手の目測より手前で着火させることに成功した雪野は、自らが起こした炎を突っ切って彼恋に襲いかかる。
「く……」
雪野の攻撃に彼恋はわずかに後ろに身をそらすことしかできない。彼恋の眼前に雪野の魔法の杖が振り下ろされていた。
「少し痛い目に――」
「はは! まだまだッスよ!」
振り下ろされる杖と彼恋の間に、速水がその自慢のスピードで割り込んで来た。
「もっともっと、頑張るッスよ!」
速水は素材不明の魔法の杖を掌で苦もなく受け止める。
「邪魔しないで」
「いやッスね。まだまだッスよ」
魔力の乗った雪野の一撃を、速水はスピードの他に手に入れたパワーで押し返す。
「そうだね」
雪野の後ろに不意に時坂が現れる。時坂は現れるや否や雪野を後ろから羽交い締めにした。
それと同時に速水が杖を離し、雪野の両手が時坂によって後ろに反らされる。
「雪野!」
その光景に今だ炎と熱が残る反対側から、花応が悲鳴めいた声で雪野の名を呼ぶ。
「く……舐めないでね……」
雪野がそれでも自由になった杖を手首だけで回した。雪野がふるうと杖の先端で今度は小さな放電が起こった。
「炎の次は、電撃ッスか! はは! やっと魔法少女らしくなって来たッスね!」
手は離したが未だその場から離れていない速水が、今度はその小さな電流に歓喜の声を上げる。
「何を喜んでるの? 今からあなた達がこれを喰らうのよ!」
雪野の杖の先が見る間に帯電していく。
「羽交い締めにされてるッスよ! 大丈夫ッスか? それ、放てるッスか?」
「余計なお世話よ……言っとくけど――逃げた方がいいわよ!」
雪野が速水に答えながら、指先だけで器用に杖を一回転させた。その回転によって杖の先から電撃が放たれる。
「あはは! いいッスね! いいッスね! いいッスね!」
だがその電撃に吸いつけられるように目を輝かせたまま、速水はその場を動こうとしなかった。
「なっ……」
「――ッ!」
電撃を放った雪野自身が驚く前で、速水はその雷の攻撃を喰らって体をくの字に曲げる。
「これが魔法の力ッスか!」
そしてまるでそのことを喜ぶかのように舌なめずりを一つして、
「ぞくぞくするッス……」
速水は己の両の肩を抱いてその細いを怪しく光らせて見開いた。