十、魔法少女 13
彼恋の手から投げつけられた炎の塊。それは迷う様子もなく雪野に向かって飛んで来た。
「――ッ!」
雪野が目を剥き無言で魔法の杖を炎に叩きつけた。炎は杖にぶつかるや否や、その振り下ろされた勢いに砕けその場で霧散する。
雪野は実際は目を剥く暇しかなかったようだ。だが雪野は皆を守り切り、次の攻撃に備えるように目を今度は彼恋に向ける。
「ふん」
彼恋がその様子に鼻を鳴らした。
「……ふぅ……」
雪野が振り下ろした杖を持ち上げる。既にその動作だけで精一杯なのか、雪野はそのまま胸を膨らませて大きく肩で息を吐いた。
「おやおや。がっかりだね、千早くん」
そんな雪野に生徒会長がこちらは肩を軽くすくめてみせる。
「何を……」
「昔の君はもっと輝いていたよ」
「はい?」
「皆が悲鳴を上げながら逃げ惑う中、君だけは真っ向から敵に向かっていった」
「……」
まだ肩で息をしながら雪野は生徒会長を無言で見つめる。
「向かってくる敵は、その杖と魔力で瞬く間に蹴散らしていたよ。今は炎を退けるだけで精一杯の様子。スライムや、金属生命体。そんなものは雑魚だったよ。昔の君なら、一撃で退けていたじゃないか」
「別に――」
「私を無視して――」
またも己を無視して話し出す雪野と生徒会長に苛立が頂点に達したのか、
「勝手にしゃべんな――って言ってるでしょ!」
彼恋が更なる炎を雪野に投げつける。
「く……この……」
誰よりも前に立つ雪野がその全てを杖で受け止めた。
「雪野! 止めろ、彼恋!」
炎に頬を照らされて花応が雪野の後からノドをからして叫び上げる。
「止めとけ、桐山! 今はまだ飛び出せる状況じゃねえよ!」
その花応は今にも前に飛び出しそうなところを宗次郎に後ろから腕を掴まれていた。
「うるさい! お姉ちゃん面すんな!」
「妹が、友達を傷つけているんだぞ! 黙ってられるか!」
「人を傷つけるのは、あんたの十八番でしょ!」
「何を言って! 彼恋!」
花応が伝わらない思いにか悔しげに奥歯を噛み両の拳を握りしめた。
「防戦一方ッスね、優等生。どうするッスか? 会長さん」
それまで黙って見ていた速水が生徒会長に振り返る。
「拍子抜けだね。君は特にがっかりだろう」
「そうッスね……」
速水がすっと細い目を更に横に細めた。
「諦めるかい? 僕だけ用事を済ましていいかな?」
「……」
「さっきから、結構な時間が経ってる――」
生徒会長はそう独り言のように口にすると右腕の手首に目を落とす。生徒会長はそこにはめられていた腕時計の針をしばらく見つめた。
「……」
速水が横目のまま生徒会長の時計を覗き見た。
「そんな時計で、よく時間なんか分かるッスね」
そして速水は何か面白いことでも見つけたのか楽しげに両の口角を吊り上げて口を開く。
「別に。これぐらい普通さ」
生徒会長は速水に応えながら腕時計から目を離す。生徒会長はそのまま興味を失くしたようにだらりと右腕を垂らした。
「……」
「流石にいつまでも煙幕が役に立つとは思えないからね」
「ふん……好きにするッスよ……どのみち、元々仲間って訳でもないッスからね……」
速水がこちらも興味を失くしたように鼻から息を抜きながら応える。
「どうも……」
ゆらりと唐突に生徒会長の姿がかすんだ。そのまま生徒会長の姿が消える。
「――ッ! なっ?」
次の瞬間宗次郎が目を剥いた。己の視界を塞ぐように先まで速水達の下にいた生徒会長が目の前に現れていた。宗次郎は突然視界を防いで現れた男子生徒の姿に思わずにか上半身だけそらす。
「ふふ……」
「な、何だ? く……ペリカン!」
反射的に上半身をそらした宗次郎は、それでもその場にかかとを踏ん張らせて留まった。宗次郎は腕を掴んでいた花応を強引に更に引き寄せそのままジョーに向かって放り出した。
「きゃっ!」
「ぺりっ!」
小さな悲鳴を上げて後ろに引き倒される花応。ジョーは一瞬逃げ出そうとしてか、体を左右に慌ただしくよじってからその白い水鳥の羽を広げた。
白い両の翼から抜けた羽毛をまき散らしてジョーが花応の体を何とか受け止める。
「ぺ、ペリ……」
「任せた! ペリカン!」
その様子をちらりとだけ振り返って見て、宗次郎が会長と花応の間に立ちふさがるように立つ。
雪野はも素早く振り返ってその状況を確かめたが、こちらは彼恋の相手で精一杯だったようだ。新たな鉄とアルミニウムを両の手の中で呼び出している彼恋に雪野は杖を向けたまま振り返る。だがそれ以上は前の二人が気になるのか、すぐに雪野は彼恋と速水に目を戻した。
「ふふ……」
「何の用っすか?」
不敵な笑みを浮かべる生徒会長に宗次郎がじれたように訊く。
「いや、何。新聞部の君なら、僕の役に立ってくれるかと思ってね」
「俺が? 何の?」
「真実を見抜く目があるんだろ? 僕みたいに力に頼らなくっても」
生徒会長がゆっくりと左手を突き出した。
瞬間移動で現れた生徒会長もその動きは普通の人間とから変わらなかった。生徒会長は宗次郎を試すように左手を突き出す。
「ええ! あんたとは違いますよ!」
宗次郎が突き出された左手の手首を右手で掴びながら叫んだ。
「いや、同じさ。僕と君は、この中で一番普通の人間だ」
「瞬間移動なんてしませんよ、俺は」
宗次郎が掴んだ相手の左手の手首を締めつける。
「戦闘力的な意味でだよ」
生徒会長は静かに告げると、口調とは正反対に力強く宗次郎の手から己の左手を振り払った。
それと同時に生徒会長の姿が先と同じようにかすんで消える。
「な……」
次に生徒会長が現れたのは今度も目も剥く宗次郎の背後だった。
「まあ、〝ささやか〟れた力のある分。こういう戦い方ができるけどね」
生徒会長は完全に宗次郎の背中をとっていた。生徒会長は背後をとった余裕か、宗次郎の背中をとらんとしてゆっくりと右手を伸ばした。
「それは、前も屋上でやられましたよ!」
だがすぐさま宗次郎は振り返っていた。
そして伸ばされて来た生徒会長の手を今度も手首で掴み、
「――ッ!」
宗次郎は何かに驚いたように目を剥いた。