十、魔法少女 9
「……」
雪野はぐったりしたまま動かない。ジョーの背中に支えられてやっとヒザを着いている状態だった。
「ペリ……」
ジョーが震えた声で鳴き声を上げながら、その身を花応に受け渡した。
彼恋を見上げたままの花応の肩に雪野の体がそのまま委ねられる。その間も雪野は動く気配がない。雪野は最後は抱きしめられるように花応に受け止められた。
「彼恋……」
花応は戦き震えながら義理の妹を見つめる。
芝生に直に着いたスカートは汚れ、ヒザの部分で土地と露のシミを広げていった。
その白いスカートは今や泥にまみれシワがより、その上等な生地にそぐわない体裁を見せている。
だが今の花応にはそれを気にする余裕はないようだ。その目に映っているのは自分と同じような顔で、同じような表情を浮かべる妹。その目の中の同じ感情に支配された光。
憎悪の光が二人の間で交差する。
肩にもたれかかる雪野を支え腕を背中に回してやりながら、花応の目は彼恋に奪われていた。雪野を守るように抱きしめながら、花応はそれ故にか目を剥いて威嚇するように彼恋を見上げる。
「……」
「……」
二人がしばらく無言で睨み合う。相照らし合うように、憎悪の瞳は互いを行き来して増していく。
「桐山……」
宗次郎が花応に手を伸ばそうとして途中で止まる。かける言葉を見つけられなかったのか、宗次郎は変わりに彼恋達に目を向ける。
花応に目を奪われている彼恋とは目が合わず、変わりに宗次郎は速水と目が合った。
「……」
速水もやはり無言だがその目は笑みの形に歪んでいる。挑発的な形に曲がったその細い目は、その下のやはり笑みの形に曲がった口元とともに軽薄なまでの光を放っている。
「く……」
宗次郎はその笑みに思わずにか拳を握る。宗次郎の目も速水につられ、あおられたように憎悪に歪んでいく。握った拳は力の入れ過ぎで白くすらなっていた。
「彼恋!」
そんな宗次郎の足下で花応が唐突に声を荒げて彼恋の名を呼んだ。
花応の指が雪野の背中に食い込む。こちらも怒りに身を任せているようだ。
「――ッ!」
花応の姿に宗次郎がはっと我に返ったように目をしばたたかせた。
宗次郎は花応と彼恋の顔を交互に見やる。二人して互いに目を剥き、顔を歪めていた。
「桐山……落ち着け……」
宗次郎が花応の肩に手を伸ばした。
宗次郎がそっとその肩に手を置くが、
「何よ! 雪野がやられたのよ! これが落ち着いてられるの!」
花応は振り返りもせずにその手を振り払った。
「落ち着け、桐山。思う壷だぞ……」
「だって、雪野が! 雪野が、テルミット反応に……科学に……」
「だから、落ち着けって! お前らは――」
「ふざけないで! 私の身内が! 私の科学が! 私の友達を!」
「はっ、そうよ! 大切なお友達が! 大好きな科学にやられた気分はどう? 仲良しごっこを今更したがっていた、妹にやられた気分は? こっちはいい気味だけどね!」
彼恋が揉める二人の様子に高笑いを送ってくる。
「彼恋!」
「落ち着けって! 桐山!」
宗次郎が再度花応の肩に手を乗せる。そして振りほどかれないようにか、力づくでその肩を掴んだ。そのことが功を奏し今度は振りほどかれずにその場に留まった。
「あいつら……いや、あいつはお前らの対立をあおってんだよ……まずは落ち着けって!」
「だって……だって……」
花応はそれでも宗次郎の方を振り返らない。その奥歯がぎりっとなった。花応は己の感情のいき場所がないのか、彼恋に向かって歯ぎしりまでし出す。
「大丈夫よ、花応……」
その花応の袖が弱々しく引かれた。
「――ッ! 雪野!」
引かれるがままに花応が目を顔を向けると、そこには苦痛に歪められた雪野の顔があった。
「障壁を張ったわ……ちょっと間に合わなかったけど……」
「『ちょっと』じゃないでしょ!」
「魔法少女様……舐めないでね……」
雪野はそう口にしながら自身は舌を軽く出して唇の端を軽く舐める。血を舐めとったようだ。雪野の下が口の中に戻るとその口の端が切れているのが見えた。そしてすぐに次の血が浮かんでくる。
「血が出てるじゃない!」
「人間だもの……血ぐらい出るわよ……」
「おや? 魔法少女様じゃなかったッスか?」
雪野の呟きに黙って見ていた速水がようやく口を開く。
「魔法少女にどんな幻想を抱いてるのかしらね……」
雪野が花応の肩に手を置きそれを支えにして立ち上がる。だがその足下はおぼつかない。雪野は細かくヒザを震わせながらそれでも立ち上がった。
「雪野! 無理しちゃ――」
「今私が無理をしないと――」
雪野はゆっくりと立ち上がると手を差し出し、
「あなたは、そんな顔を続けるんでしょ、花応?」
こちらを震えながら見つめる花応の頬を優しく撫でた。
「それと――」
そして雪野はそのまま後ろを振り返り、
「あなたもね……」
こちらは眼光鋭く彼恋をねめつけた。