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十、魔法少女 7

「……」

 表情の読めなくなった彼恋はアゴを引いてうつむくと、ぐっと奥歯を噛んだ。

 それの仕草で何かの感情を押し殺したかのように、彼恋はそのまま無言で手の中の液体を成長させる。

「話し合いは、無駄ね!」

 雪野が突然大地を蹴った。

 何の予備動作もなく繰り出した足の裏は、今度も芝生を盛大に巻き上げて雪野の体を前に飛び出させる。

「ふふん! 野暮ッスよ!」

 だがその俊敏な動きに速水が即座に反応した。

 先に動いた雪野とほぼ同じ距離だけ一瞬で詰めた速水は、下の位置のちょうど中央で相手の攻撃を迎え撃つ。

 突き出されていた雪野の杖を速水の右手ががっしりと掴んでいた。

「どきなさい!」

 目にも止まらな速さで衝突した二人の力は、魔法の杖に全てのしかかった。根元を持つ雪野の手の先から、その先を掴んだ速水の手の平の下まで。その杖は弓なりに曲がりきしみを上げる。

 だが一点で激突し拮抗する力は杖だけでは留めきれなかったようだ。二人の体はそれぞれ杖を持って手を中心に前に傾き、互いにテーブルに身を乗り出すように鼻先を突きつけ合わせる結果になった。

「今面白いところッスよ! 優等生!」

「私は優等生じゃないわ!」

 鼻もこすり合わさんまでの距離でようやく止まった二人。二人は互いの目の奥まで覗ける位置でその目を互いに睨みつけた。

 挑発に歪められた速水の細い目。己の使命に燃える雪野の瞳。二人は視線すらぶつけ合って、顔を突きつけ合わせる。

「はは! それでも突っ込むッスか? そこ!」

 しかしの次の瞬間には、二人はたわんだ弓をバネにしたようにそれぞれの後ろへと飛んだ。

「巻き添え食うわよ……」

 そして速水の後ろからぽつりと彼恋の呟きが漏れ聞こえる。

「おっと! 酷いッスよ!」

 速水は着地するや否やすぐに横に飛んだ。速水の体で隠れていた彼恋は、その手を振り下ろしているところだった。

「彼恋!」

 開けた視界の向こうの彼恋の様子に花応が絶叫をもってその名を呼ぶ。

「科学の力とやら! 自分で、喰らいなさいよ!」

 彼恋は花応の呼びかけに応えずその手を振り下ろした。

「く……」

 花応の下まで戻っていた雪野の足下に液体が襲いかかる。雪野が本能的にその攻撃を飛び上がって避けた。

 彼恋の液体は雪野が先まで居た芝生の上にぶちまけられる。

「やべぇ!」

 その様子に宗次郎が目を剥いた。半ば本能的なまでの素早さで花応の腕を掴んで引き寄せると、その身を強引に自身の胸元に引き寄せる。

「キャーッ!」

 花応が突然腕を引かれて悲鳴を上げた。

 そしてその目の前で彼恋の液体は芝生に広がる。

 煙のような白煙が上がりその芝生は一瞬見えなくなった。

 だが白煙は次の瞬間には文字通り煙のように消える。

 いや、消えたのはその向こうの芝生もだった。芝生が先と同じように溶けてなくなっていた。

「はは……」

 その様子に彼恋が歪んだ笑みを浮かべる。左の口角を歪に吊り上げ、右の目を剥いた。つられて右の頬はだらしなく緩み、左の目は痙攣しながら細められる。

「――ッ! 彼恋! 分かっていて、また科学をこんなことに!」

「何の科学だっていうのよ! 科学の娘さん! 何なら、当ててみなさいよ!」

「な……」

 花応がぐっと息を呑み込み、その下の芝生を見る。

「魔法を見せてあげるって言ったでしょ! 私の方が今は科学の娘だって言ったでしょ! 科学が見せる魔法の酸! さあ、何よ? 答えなさいよ!」

「魔法の酸? ――ッ! まさか! 彼恋!」

「そうよ! そのまさかかもね!」

「FSO3H! SbF5!」

「はは! フルオロスルホン酸と、五フッ化アンチモン! その一対一の混合物! それはまさにそう言われているものかもね!」

「マジック酸か? 100%の硫酸よりも、酸性が強い超酸じゃないか! 彼恋! 何を考えてる!」

「それを考えるのは、お姉ちゃんの仕事じゃないんッスか!」

 速水が会話に割って入るようにその身を踊らせ花応達に遅いかかって来た。

「はっ!」

 掴み掛かるように襲って来た速水を、今度は雪野が気合いとともに杖で受け止める。

「優等生! 光の魔法少女! ホント、鬱陶しいッスね!」

「どっちの呼び方も! お断りだわ!」

 速水と雪野がもう一度鼻先突きつけ合って睨み合う。

「もう容赦しないわ!」

 だが今度は雪野が一方的に速水を押し戻した。雪野が力を込めて杖を押し出すようにふるうと、速水は堪らず後ろに押しのけられた。

 速水の上半身が後ろにそらされるが、速水はその力を自ら後ろに飛ぶことでいなした。

「――ッ!」

 雪野がその速水をすかさず追った。息もつかせず杖を振り下ろし叩きつける。

「相変わらず物理攻撃とは、がっかりッスよ!」

「おあいにく様! 今はこっちの方が、しっくりくるのよね!」

 次々と振り下ろされる雪野の杖。それを速水がかわし、手で払いのけるようにそらす。

「押されてるじゃない? 手伝ってあげましょうか?」

 彼恋がそう呟くとヒジを外側に広げるように左右に突き出し、両の手の平を向かい合わせるように広げた。

 今度はその両手の間に金属質なきらめきが現れる。金属の粉末のようだ。細かい粒子が陽光にあってきらきらと光る。

 そしてそれはよく見れば二種類の金属だったようだ。左右でやや違う光を放っていた。左手の金属粉が陽光をよく反射するのに対して、右手のそれは鈍い光を放っている。

 彼恋の左手と右手の中で二種類の金属粉が舞った。

「あはは! こんなの簡単じゃない!」

 彼恋は奇声めいた笑い声とともに両手を前に軽く払った。手の先で浮かんでいた金属粉が混じり合いながら飛んでいく。

 そして彼恋はすかさずもう一度右手をふるった。

 先に放たれた金属粉を追って、彼恋の右手から炎が放たれ追いかける。

「アルミニウム粉に、酸化鉄を用意! 白リンで着火! これが、あんたが自慢げに私に見せた力よ!」

 彼恋が目と歯を剥いてそう告げると同時に、雪野の頭上で金属粉と炎が合流した。

 同時に爆発するかのように金属粉が炎を上げて燃え上がった。

「テルミット反応!」

 その爆発的な化学反応に花応は宗次郎の腕の中で声を上げることしかできない。

 先日姉がやってみせた化学反応の炎に目を照り輝かせ、

「あんたにできて! 私にできない訳ないわ! あはは!」

 彼恋は取り憑かれたように笑い続けた。

作中超酸関連に関しましては、以下のサイトを参考にさせていただました。

http://www.tcichemicals.com/ja/jp/support-download/chemistry-clip/2009-04.html


2014.05.02

作中『五フッ化アンチモン酸』を『五フッ化アンチモン』に訂正しました。

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