十、魔法少女 6
「ふふ……」
物理的な煙幕に丸く切り取られた緑地公園の芝生。その壁には遮られない風を頬に受けながら、彼恋が挑発的な笑みを浮かべる。風に煽られ、陽に照らされ。彼恋は皆の視線を一身に浴びながらその背筋をようやく自信ありげに伸ばした。
「ペリ……」
その笑みを見てジョーが及び腰に腰を後ろを引き、花応の背中に隠れていく。
「ふん、言葉は話しても、所詮獣ね。炎が怖いんだ」
彼恋はその様子に更に炎を手の平の上に燃え上がらせる。
「彼恋……」
「おい、桐山……」
もう一度飛び出そうとし花応を宗次郎が身を前に差し入れて止めた。
「彼恋さん……」
変わりに雪野が半歩前に出て彼恋に正面から向き合った。雪野は燃え上がる炎に怯える様子も見せない。こちらも堂々と胸を張って前に出る。
「何?」
「自慢げなところ悪いんだけど。そんな手品みたいな力じゃ、私は倒せないわよ」
「あら、ただの手品にしか見えなかった?」
彼恋が手の平を閉じると炎が消える。消える様も魔法か手品のようだった。
「花応の話じゃ、『ただの手品』とは思わない方がいいってことは、分かったつもりだけど。魔法少女の真似事は、ご勘弁願いたいわ」
雪野は魔法の杖を見せつけるように彼恋に突き出す。
魔法少女は自分だとでも言いたげに、雪野の杖は真っ直ぐ彼恋に向けられる。
「あら? 本家の方は、気に触った?」
「ええ、彼恋さん。遊びで魔法少女してる訳じゃないのよ」
「……」
雪野と彼恋の会話に速水が細め目の奥を光らせる。
「ふん。どうせあんたの魔法とやらも、突き詰めれば化学反応でしょ? 実際は炎は何らかの酸化還元反応でしょうし、雷は放電現象でしょ? その呼び出し方が変わるだけで、こちらを真似事呼ばわりは心外ね」
「魔力は魔物よ。遊びで真似していいものじゃないわ」
「それは、失礼。科学科学と日頃うるさいあの人に、ちょっと見せつけたかっただけよ」
「……」
彼恋の最後の言葉に花応が眉をぴくりと上下させる。
「何よ?」
こちらは片眉を見せつけるように上げながら彼恋が花応に挑発的な目を向ける。
「彼恋……科学の悪用は、私が許さない……」
「桐山の名において――そんなご大層な言い様ね」
「そうだ。お前も桐山なら、科学を悪いことに使うのはよくないのは分かるはずだ、彼恋」
「はあ? どの面下げてそんなこと言うのよ? 桐山は科学。科学は正義。そんなのあんたの勝手な思い込みでしょ? じゃあ、桐山はいつも正義なの? あんたはいつも正しいの? あんたの振り替えず科学は、いつも正義の為に使ってるの?」
「……」
花応が大きくノドを上下させて息を呑み込んだ。言いたい言葉を呑み込んだらしい。花応は見開いた目だけ向けて彼恋に答える。
「私の両親がそうでしょ? あんたを家に迎えたのは、桐山の財産を少しでも多くぶんどる為よ。あれだけ持っていて、まだ欲しがったのよ、ウチの両親は。まあ、元々私の両親はお爺様の覚えが良くないから、色々とそれで逆転しよとしたんでしょうけど。それはあなたが一番よく知ってるでしょ? ええ、私も知ってるわ。あんたが家に来てから、ちやほやされるのはあんただけになったんだから」
「彼恋……」
「ああ、お爺様からしてそうかしら。お爺様の女癖の悪さが、ウチの親のひがみを生んだんだもの。所詮正妻の子じゃないってね、ウチのお父さんはよく漏らしてたわ。どうせ桐山の財産は、正妻の息子で長男の、あんたの親が全部引き継ぐんだって」
「……」
彼恋の言葉に花応が目を向いて睨みつける。
「なんだ? 更に複雑なのか、桐山の家?」
「そうなの? 二人こんなにそっくりなのに。一緒なのお爺さんの血だけなの?」
宗次郎と雪野が困惑したように、花応と彼恋の顔を交互に見る。
「ああ……二人ともお爺様似だ……でも、血のつながり方とか、そんなの関係ない……」
「何が『関係ない』のよ?」
「私達は二人とも、桐山の家の――」
「はん! いい機会よ。言わせてもらうわ――」
彼恋が花応の言葉を遮る。不意に発した彼恋の顔の上でまぶたと唇が歪む。急に言葉を割り込ませ、そしてその言葉に力を込める為にか、彼恋は殊更目と口を歪に開いた。
「私はあんたが、大嫌い……桐山の名もね……」
「……」
「ええ、大嫌いよ。大した両親じゃないけど、アレは私の両親――私だけの両親だったのよ。それを後から来た従姉に、全部盗られたわ。まあ、お金に目がくらむそんな両親だから、当然と言えば当然ね。でも、私は居場所すら失くした気分だったわ」
「私は……努力した……彼恋と話をするように、頑張ったつもりだ……」
「何の努力よ?」
「一生懸命、話をした! いっぱい科学の話をしたじゃないか?」
「――ッ! そうね……」
彼恋が何かを口にしようとして、それを先の花応以上に大きくノドの奥に呑み込んだ。
「それが――」
彼恋が再び手の平を空に向けて広げる。その手の中に光が集まり出す。
それは虚空から集まって来た何らかの液体だった。
「それが鬱陶しかったのよ……」
彼恋は陽光にその液体を輝かせ、自身は暗い陰にその表情を隠した。