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十、魔法少女 5

 彼恋の指先で炎が瞬いた。

 それは指の先でひとしきり燃えると宙に消えていく。

「なっ? 魔法か!」

 その様子に宗次郎が目を剥いて雪野の方に向き直った。

「……」

 雪野は応えない。雪野は何かを探るように炎の消えた先を見つめる。

「ふふん……」

 その視線を受けて彼恋が鼻で挑発するように笑った。

「魔力は感じられなかったわ……嫌な感じだけ……敵の力特有の、私の背筋をなで上げるようなね……」

 雪野がようやく口を開く。

「じゃあ、何なんだよ? 科学的って言ったな……」

 宗次郎は雪野から視線を移し今度は花応の方を向き直る。

「……」

 花応も無言だった。こちらは奥歯を噛み締め、力いっぱい両の拳を握っている。

「おい、桐山。科学的になんかしたんなら、お前なら分かるよな?」

「黄リン――白リンだな……」

 宗次郎に促され花応がぽつりと呟く。だがそれは彼恋に向かって問いかけたようだ。それでいてその答えをもう確信しているらしい。その口調は特に感情的に上がることなく、静かなその口からこぼれ出た。

「そうよ。白リンよ」

 彼恋がにやりと笑う。

「『摩擦マッチ』というわけだな、彼恋?」

「そうね。大した種明かしじゃなくって、ごめんなさいね」

 彼恋は答えながらも片方の口角を上げる。言葉程には悪気を見せる様子がない。彼恋はその仕草で更に挑発的な態度を表した。

「おいおい……リンってあれか? 何かよく知らないが、よく燃えるあれか?」

「よく分からないんなら、『よく』とか『あれ』とか突っ込むな」

 宗次郎の半端な言葉に花応が軽蔑の視線を横目で送った。

「いやいや摩擦マッチとか言われても、実際よく分からん」

「そうね。今のマッチは『安全マッチ』と呼ばれているわ。これは赤リンを使うの。対して随分と昔のマッチは『摩擦マッチ』と呼ばれているの。これは白リンを使うわ。この白リンを利用したマッチは、今のマッチとは少し違うの。今のが安全マッチと呼ばれるように、白リンのマッチは少々〝危険〟なマッチなのよ……」

「『危険なマッチ』だ?」

「そうよ。ある特性からね。まあ、マッチそのものが、最近は使わないんだろうけど……」

 花応が彼恋をじっと見つめる。

「……」

 無言で得意げな笑みを送ってくる似たような顔の妹。その妹に向かって目を油断なく向けながら花応は宗次郎に続ける。

「今のマッチのリンは、箱の横についている薬品――側薬の方なの。これは赤リンを使うわ。この赤リンを発火剤として、マッチの頭部についている薬品を燃やすのが今のマッチ。発火剤と燃焼剤が別々で、この二つが揃わないと火が点かないのよ。対して白リンは、マッチそのものの頭部に白リンを使うことで、摩擦だけで火を点けることができるの。そうね……白リンの摩擦マッチは、コンクリートなんかにこすりつけるだけで発火してたらしいわ。それこそポケットに中に入れていて、何かのアクシデントでも発火したらしいわ。危険でしょ? だから発火自体は白リンよりしにくい赤リンを発火剤として、燃焼剤を別にとることで比較的安全にしたのよ。何処でもこするだけで点く、便利だけど危険な白リンは禁止してね」

「古い映画とか、そんな時代をテーマにした映画とかで、見た気がするわね……こするだけで点くマッチ……」

 花応の言葉を受けて雪野がぽつりと呟く。

「そうよ。マッチだけ取り出して、それこそ家の木材にこすりつけても火が点くわ。」

「西部劇であるわね。靴底の裏で火を点けるシーンとか。ワイルドな時代を象徴するシーンね」

「演劇部様は、博識だな」

「ちなみに白と赤以外のリンもあるわ。紫リンに、黒リン、紅リン。赤リンは紫リンを主成分にした、白リンとの混合体。黄リンは、白リンと同じ。白リンの表面が微量の赤リンで覆われて黄色くなっているのを、昔の人は別のものだと思ったのよ。黄リンは本質的には白リンね。何て言うか、リンはまさに色々なのよ」

 最後に褒め言葉を持っていかれたのが気に食わなかったのか、花応が蛇足めいた知識を口速くちばやにそらんじた。

「いや、博識を競わなくっていいから、桐山」

「むむ……まあ、でも……いくらよく燃えるって言っても……」

 花応が不機嫌に口を尖らせた。そして気を引き締め直すように彼恋に真っ直ぐ向き直る。

「何だよ、桐山?」

「白リンだけじゃ、あんなに簡単に燃えはしないわ。色々と他の薬品も一緒に呼び出したってことよ……」

 花応がごくりと音を立てて息を呑み込む。

「おいおい……もしかして、化学物質作りたい放題か?」

 花応の言葉に宗次郎がかすれた声を漏らせば、

「ふふん……大した魔法でしょ?」

 彼恋は同じ言葉に笑みを浮かべる。その笑みは片方の口角だけ吊り上げられ、目も挑発的に高めだけ剥かれていた。

 その歪んだ科学少女の笑みを横目に上唇を軽く舐め、

「見たいのは……そんな〝魔法〟じゃないんッスけどね……」

 速水が舐め細い目をすっと鋭いまでに細めて瞳を光らせた。

作中のマッチに関しては、以下のサイトを主に参照させていただきました。

http://www.match.or.jp/column/column01.html

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