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十、魔法少女 1

桐山花応きりやまかのんの科学的魔法


十、魔法少女


「来てあげたわよ! この科学の娘! 桐山花応がね!」

 煙幕の向こうで満面の笑みを浮かべる科学の娘――桐山花応が、その体勢故に力の入った声で名乗り上げる。

 その花応の笑みは少々引きつっていた。

 花応は煙幕の上に引っ掛けた腕で体を支えている。両ヒジから先を煙幕の上に乗せ、力尽くで拳を握っていた。細い二の腕が肩を支え、その肩が自重に引かれて引っ込む首を支えている。

 だが高校一年生女子にはその体勢で居続けることは無理があったようだ。

 握った拳は明らかに力み過ぎで青くなっており、見る間にその腕が細かく震え出していた。

「そう……」

 その科学の娘を友人とする魔法少女――千早雪野は呆れたように鼻から一つ息を抜いた。

 そして雪野はその己の呆れ具合を友人に示さんとしてか、大げさに肩まですくめて花応に振り返る。

「で、いつまでそんなところに居るつもり?」

 雪野は余裕を取り戻したのか目の前の相手に背中を見せて振り返る。

「ふふ……」

 だがその隙を速水颯子は突くつもりはないようだ。

 速水は自身も面白がるように壁の上で踏ん張る花応を見上げる。

「まったく! いつもいつも置いてけぼりね! 私の力が必要でしょ?」

 花応は好きでこの体勢で居るつもりではないようだ。

 目一杯に体を一度上に引き上げるが、

「ひゃっ!」

 それ以上は体が上がらずもう一度もとの体勢に戻ってしまう。

「何してんの?」

「何も何もないわよ! 待ってなさい! 今! そっちに! 行くから!」

 花応はそう雪野に答えながらも、体を引き上げてはずれ落ちる動作を何度も繰り返した。

「手伝おうか?」

 その様子に雪野が今度も呆れたように口を開く。

「うるさい! これぐらいどうとでもなるわよ!」

 花応は右手の手の平を煙幕の上に乗せ、なんとか体を持ち上げようとやはりぷるぷると震えながら答える。だが右手一本では己の体を支えきれない。

 花応は結局登りきれずに元の体勢に戻った。

「何やってんだ?」

 そんな花応の横に別の人影が現れた。こちらは煙幕の壁に手を引っかけると、軽々と壁の上まで上半身を一気に突き出す。

 その人影はそのまま軽快に片足を上げると壁の上にまたいで腰掛けた。

「うるさいわね、セクハラ男子! 自分の不祥事でも報道してなさい!」

 自身とは対照的に軽々と壁の上まで達した男子の人影に花応が苦々しげに顔を向ける。

「ここまで上がるのを手伝ってやった上に、また助けてやろうってんだぜ? 随分な言い方だな?」

 自身のセクハラを報道することを勧告された新聞部の自称エース――河中宗次郎は、ぶっきらぼうに右手を花応の背中に伸ばした。宗次郎はそのままむんずと花応の後ろ襟を掴む。

「キャッー! やっぱりセクハラじゃない!」

 花応は宗次郎に首筋を掴まれその吊り目の目を更に吊り上げた。

「うるさい。自分でも体を持ち上げろ」

 花応の抗議を無視し宗次郎は己の手に力を入れる。

 花応自身も腕で支えてようやくその身が壁の上に持ち上がった。

「一人で登れたわよ」

 花応は力の入れ過ぎか、それともこの状況への気恥ずかしさか。顔を真っ赤にして宗次郎に歯を剥いた。

「ああ、だったら今度からそうしてくれ」

「ふん! そこのペット! 来なさい! ご主人様のピンチよ!」

 宗次郎の素っ気ない返事に更に顔を赤くする花応。花応はそのことを誤摩化すかのように、近くで飛んでいた野鳥に呼びかける。

「ペリッ! ジョーは雪野様のマスコットキャラペリよ!」

 魔法少女のマスコットキャラを自負する不思議生命体――ペリカンのジョーが、文句を口にしながらも慌てて花応の下に飛んで来た。

「はぁ? 食わせてやってるエサ代稼いでから、言いなさいよ、この野鳥は!」

「食わせてやってるんなら、野鳥じゃないペリよ!」

「う・る・さ・い! 降りるんだから! ちょっと力貸しなさい!」

 近づいて来たジョーの首筋に花応が両手で抱きついた。

「く、苦しいペリ!」

 その場に留まる為に羽ばたいていたジョーの首筋に抱きつく花応。花応のその乱暴な動作にジョーの羽ばたきは苦しげなものに変わった。

 その横では宗次郎が身を翻し地面に一人で飛び降りる。

「振り落としたら、承知しないからね!」

「花応殿のせいで、ジョーごと落ちそうペリよ!」

「いいから、早く降りなさいよ! キャーッ!」

 最後はがくんと高度が下がり、花応が溜まらずにか悲鳴を上げた。

「あれ。動物虐待じゃないの?」

 必死にジョーの首筋にしがみつく花応に、雪野が最後まで呆れたように口を開く。

「楽しそうッスね!」

 同じ様子に無責任にけらけらと笑う速水の横で、

「……」

 もう一人の科学の娘――桐山彼恋が憎悪に目を剥いて姉を見ていた。

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