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九、悪い友達 29

 無理な力でしなっていた魔法の杖が真っ直ぐに戻る鈍い音が空気を震わせた。

 こちらも強引に後ろに飛ばされた速水が芝生に右の足の裏から降り立つ。芝生を踏みしめる衣擦れの音にも似た着地音が鈍い音の後に続いた。

 そして後ろに飛ばされた勢いを殺す為に速水は着地に使った方とは別の方の左足を後ろに投げ出す。今度は芝を薙ぐように半円を描いたその足が芝をざっと苅り上げた。芝は土ごと中に巻き上がる。

 広い広場に吹く風が苅られて宙を舞うその芝を辺りにまき散らした。

「……」

 芝生は風にまかれ速水の足先から方々に散っていく。

 速水はその風に髪をかき乱されながら無言で雪野の目を真っ直ぐに見た。細く楽しげに曲げられた目の奥からそれでも陽光を受けて速水の瞳が光を放つ。

「……」

 その眼光に雪野が構え直した。右足を半歩後ろに引き、左足の足首をかかとを軸に回して内側に向ける。その動きと同時にぐっと腰を深く下ろしした。

「やる気ッスね」

 後ろに投げ出した足をゆっくりと身に引き寄せながら、こちらもゆっくりと速水は口を開く。速水が足を引き戻すに連れて沈んでいた腰の位置が慎重に上がっていく。

「ええ」

「でも、それはまだ肉弾戦の構えッスよ」

 静かに応える雪野のと同じ位置まで腰を上げると速水は相手と似たような姿勢をとった。

「何か、悪い?」

「言ってるッス。魔法魔法した力が見たいッスって」

 同じ視線の高さになった二人が互いの目を射抜く。

「炎や、雷を?」

 雪野がわずかに前に進み出る。

 雪野は内に曲げた左足のつま先を今度もかかとを軸に前に出した。次に着いたつま先を軸に変え、芝生にしっかりとねじ込むようして左を足を前に出した。足の裏の半分程前に出た足を追い、雪野は体の重心をわずかに前に出す。

「そうッス」

 その様子に速水がこちらも前に出る。つま先を上げると曲がっていたヒザを前に伸ばしてかかとを突き出す。それで雪野より多く距離を詰めると、つま先を慎重に着地させた。最後は雪野と同じように己の足を追うように体を前に出し重心を整え直す。

「見せ物じゃないわ」

「あはは。視聴率とってナンボッスよ、魔法少女様は」

「リアルでは、如何に一目を忍ぶかが、生活の端々にかかってくるのよ」

「それはそれは、世知辛いッスね」

 二人は油断なく互いの目を見ながらじりっともう一度距離を詰める。

「ちょっ、ちょっと……」

 彼恋はその二人の迫力に気圧されたのか、声をかけるだけでその場を動けない。彼恋は速水の背中と周囲を何度も往復させてその吊り目の目を動揺に泳がせる。

「ぺりぺり」

 ジョーの煙幕の壁はもう人の頭の高さを超えていた。雪野達の周りを囲った煙の壁がうずたかく積まれている。

「でも、せっかくクラスメートに魔法少女が居るッスよ。見せてくれてもいいッスよ」

「お断りだわ」

 二人は更に互いににじり寄る。

「魔法少女は全ての少女の憧れッスよ。誰もが一度はなりたいと憧れるッスよ。ケチ臭いッス。友達の言うことは、聞くものッスよ」

「あなたと友達になった覚えはないわ」

「あはは! バッサリッスね! その通りッスけど!」

 二人の動きが止まった。

 互いに手を伸ばせば届く一度二人は示し合わせたようにぴたりと止まる。実際に手を伸ばしあえば、雪野の杖が速水の手を叩きつけるだろう。そこまで近づき直した二人は今や火花すら散らすように互いの眼光をぶつけ合う。

「どんなに力を手に入れようとも、所詮生身の体でしょ? 炎や電撃は遠慮して上げるわ」

「ありゃ? 配慮してたッスか? 自分、甘く見られてたってことッスよね?」

「そうよ。当たり前でしょ」

「むかつくッス。語尾にハートマークがつく程、むかつくッスね。優等生様は」

 速水が腰を深く沈めた。

「……」

 その様子に雪野も静かに腰を沈める。

「――ッ!」

 次の瞬間に起こった出来事に彼恋が目を剥いた。だが実際は何が起こったかは彼恋には見えなかったようだ。突然の危険に面して動けなくなるように、彼恋はその場で目を剥いて固まる。

 雪野と速水の間に風が舞っていた。先に芝生を飛ばしたそれとは違い、その風は不自然に一カ所に集まっていく。それは二人が起こした風のようだ。

 雪野と速水の手が目にも止まらない速さで互いに突き出されていた。それが風を呼び込み、二人の間に乱雑に舞っていた。速水が拳を打ち込み、雪野が杖と手でその攻撃を受け止める。それが風すら呼び込み、ちぎれた芝を宙に巻き上げていた。

「あはは! こんだけ打ち込んで、全部受け止めるなんて、流石ッス!」

 風がやんだ。風がやみ、未だ芝が舞う二人の間で、速水が拳を突き出して止まっていた。

「踏んで来た場数が違うわ」

 その拳を左手の手の平で受け止めていた雪野が応える。

「バカズ? バカをしてきた数なら自信あるッスよ」

「バカにしてきた数でしょ? 他人を?」

「はは! ほぼ、同じことッスね!」

「そう……」

 雪野が受け止めていた速水の右手を手の平の中で握りつぶすようにぎりっと締めつける。

「痛いッスよ」

「それが戦いよ」

「はは! こんな時もお説教! 流石ッス! 優等生!」

 速水が拳を握られていた右手を振り払うように後ろに振った。強引に雪野の右手から逃れた速水が同時に右足を振り上げた。

 今度も目に止まらない。

 だが雪野は己の脇腹に達する前に突き出した杖でその右足の攻撃を受け止める。

「弁慶は更に痛いッスよ!」

 抗議の声を上げながら、それでいて言葉程は痛がる様子も見せずに速水はその右足をすぐに引っ込めた。

「だったら、止めれば……」

「それは、嫌ッスね……」

 再び距離をとる二人。二人は今度も視線だけを戦わせる。

「……」

「……」

 二人は相手の出方をうかがっているのか、静かにそれでいて目だけは雄弁に相手の敵意を表して睨み合った。

「……」

 攻め手を探してか速水がわずかに身をよじると、

「……」

 雪野がそれを威圧するように目を剥いた。

「ちょっと……」

 彼恋がその様子に息を呑む。二人の迫力に気圧されて、その場を一歩も動けないようだ。

「ふふ……」

 速水が楽しげに笑みを漏らす。

「来るわね……」

 その呟きに雪野も応える。

 二人の体から力が抜けていく。それでいて油断なく目だけは力が抜けていない。いつでも動き出せるように体を弛緩させながら、互いに突ける隙を探して気力だけは緩んでいない。そのことがその眼光に表れていた。

 にじり寄る二人。

 風すら一時的にやんだ。二人の間の空気が逃げ場を失い凍結するかのように凪いだ。わずかな合図――風で芝のいっぺんでも舞えば崩れるような緊縛した雰囲気が二人の間に生まれ凝縮されていく。

 そして二人の間の緊張が最高潮に達したその時、

「ああ! もう! どうしてこう、いつもいつも! あのバカ鳥は!」

 その二人の緊張感を一瞬で打ち砕く少女の声が鳴り響いた。

「……」

 雪野と速水が同時に斜め上を見上げる。

 ジョーが作り出した煙幕の煙の上に助けを求めるように少女のものらしき小さな右手が突き出されていた。

「ちょっと! 頑張りなさいよ! ああ! 後、お尻触ったら、殺すからね!」

 煙の上に突き出された右手はそのまま上の端にしがみついた。その手がぷるぷると震える。そして震えたままその場を動かない。

「……」

 その様子に雪野が呆れたように鼻から無言で息を吹き出す。

「ちょっと、ちゃんと持ち上げなさいよ! 登れないじゃない! キャッー!」

 声の主が最後に悲鳴を上げると、一気にその顔があらわになった。

「だから! お尻触んなって、言ったでしょ!」

 突き出した顔を真っ赤にして少女は一気に出た肩から上で煙幕にしがみつく。そして己の尻を持ち上げた煙幕の外の人物に向かって一気にまくしたてた。

 少女は文句を吐き出すとあらためて煙幕の内側に顔を向けた。

 煙幕の中の全員の視線がその少女の真っ赤な顔に集まる。

「こほん……」

 そのことに気づいたのか少女がわざとらしげな咳払いをする。

「置いてけぼりとは酷いじゃない?」

 ごまかしの笑みか、本当にこの状況を楽しんでいるのか、少女は赤い顔で笑ってみせる。

「花応……」

 雪野がその顔を見て相手の名を呟いた。

「ええ、花応よ。待ってなさい、今そっちにいくから。物理的にこの壁を乗り越えて、科学的にこの事態に対処する為にね」

 花応は両手に力を入れて壁を乗り越えようとし出す。そしてその顔はやはり何処か楽しげだった。

 その花応の溌剌とした表情を見上げて、

「花応……」

 彼恋はぎりっと奥歯を噛み鳴らし、眼光鋭く睨みつけた。


(『桐山花応きりやまかのんの科学的魔法』九、悪い友達 終わり)

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