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九、悪い友達 27

「あはは! ガチでやるのは――初めてッスよね!」

 速水は瞬きの間も与えずに相手との距離を詰めた。

 芝生を舞い上げた速水の足がそのまま前に振り上げられる。速水の右足が雪野の脇腹を襲った。

 そしてその一連の動きは誰の目にも止まらなかった。

「――ッ!」

 その証拠に速水の横に居た彼恋の目はまだその場から動いていなかった。彼恋は速水が消えた後を呆然と見る。

「『ガチで』?」

 だが雪野には見えていたようだ。雪野は無駄のない動きで左手を斜め下に突き出す。

「おや? そんな簡単な単語も知らないッスか? 優等生様は?」

「単語の意味ぐらい知ってるわよ……」

 振り上げれた速水の右足が雪野の手の平で止められていた。

 撃ち込んだ勢いで速水の足はめり込むように雪野の右手の中でしばし留まる。

「うそ……」

 彼恋が何が起こったのか気がついたようだ。彼恋はようやく雪野の方に目を向けた。

 一度とは何事かと集まり始めていた行楽客が、危険を感じたのか雪野達から遠ざかり始めた。

「ぺり!」

 ジョーが地面で羽を羽ばたかせながら走り出した。その嘴の先から煙幕が溢れ出てくる。ジョーはそのまま驚きたじろぐ行楽客を押しのけるように煙を吐き出した。日曜日の公園を楽しみに来た家族連れが煙を吹き出すペリカンから逃れようと右往左往しながら散っていく。

「じゃあ、何かおかしいッスか?」

 騒ぎの中心の中で速水が蹴り上げた右足を退こうとするが、

「あなたと私が真剣に戦うって? 本気で言ってんのって訊いてるのよ?」

 雪野の左手がその足首をとっさに掴んでいて離さなかった。

 雪野は力の限りに速水の足首を掴んでいた。雪野の左手の甲に筋が浮き上がり、速水の足首から先、靴の端から覗いてた肌がすぐに血の気を失い青くなる。

「『真剣』? 『本気』? あはは、マジッスよ!」

「そう……」

 ギリッというまでさせて雪野が速水の足首を握りしめる。

「痛いッスね!」

 速水が足を振りほどいた。そしてそのまま後ろに飛び退く。

 ちょうどそのずっと後ろをジョーが走り去った。ジョーの嘴から湧き出た煙はそのままその場所に留まり溜まっていく。ジョーはこの緑地の上に物理的な煙の壁を築き始めていた。

 ジョーの煙幕は内に雪野と速水、そしてジョー自身と彼恋をかくまうように丸く煙を積み上げていく。

「ジョー! 煙幕そのまま! 任せたわよ!」

 雪野がその様子にジョーに顔を向けた。それでいてぎりぎり視界の端には速水をとらえたまま離さない。

「ペリ!」

 雪野に声をかけられたジョーは己を叱咤するように両の羽を大きく羽ばたかせた。

「おや? ギャラリーは多い方がいいッスよ。煙幕なんて、無粋ッスね」

「何を見てもらうつもり?」

「そりゃ、勿論! 光の魔法少女様の活躍ッスよ!」

 速水が細い目を更に細めて笑う。

「『光の』――その言い方、嫌いね。止めてくれる?」

「正義側ッスよね? 光を浴びる方ッスよね? 何かおかしいッスか!」

「正義とかの為に、やってんじゃないわ!」

「ははっ! 何処までも優等生な返事ッスね! 流石! 正義の力の持ち主ッス!」

「……」

「もっと見せて下さいッスよ! 魔法少女様のレアな力! 滅多に見られないッスからね! 全部みたいッス!」

「この力は見せ物じゃないわ」

「はは! 相変わらず、模範的なお言葉で! まあ、そんな優等生をコケにするのが――楽しいんッスけどね!」

 速水の姿が皆の視界から消える。

「な……」

 今度もその姿を見失った彼恋が目を剥いた。

「く……」

 かろうじて目で追えたのか雪野が素早く右に向き直る。

「遅い――ッス!」

 だが速水の声は雪野の背中から聞こえて来た。

「速い!」

 速水の速度は雪野の予想を超えたようだ。

 雪野は慌てて後ろを振り返ろうとるすが、

「そうッスよ!」

 既に背後についていた速水はその雪野の背中を後ろから蹴り入れる。

 空気を切って振り込まれてくる速水の左足に、

「この……」

 雪野がかろうじて左手だけ先に背後に突き出す。振り返るよりも先に手を出したことが功を奏したのか、速水の蹴りをその身に届く前になんとか受け止める。

 今度も速水の蹴りを受け止め雪野がその掴んだ手を軸にするようにぐるりと振り返った。雪野はかかとを芝生に滑らせて鋭い視線とともに振り返る。

 そこに居たのは変わらずに目を細めていた笑みを浮かべる速水の姿だった。

「ご自慢のスピードも、ぎりぎり私には効かないみたいよ」

「そうッスね」

 足首を掴まれたまま速水は平然と応える。

「所詮スピードだけでしょ? 掴まれたらお終い。降参したら? 今度は逃がさないわ」

 雪野は先にも増して力強く速水の足首を掴む。その華奢な手の甲に先に浮かんだ腱とともに今度は静脈すらはっきりと浮かび上がる。

「……」

 速水がその様子に足を左右に捻る。だが雪野の手に掴まれた足はがっしりと固められた動かない。

「このまま力を奪ってあげるわ。力自慢なら、私が上だからね」

 雪野が右手に持っていた魔法の杖を振り上げる。

「イヤッスよ。まだ全部の力――」

「見せて上げる気はないわ」

 雪野が速水に皆まで言わせずに魔法の杖を振り下ろした。

 雪野の杖が無慈悲に真っ直ぐ速水の頭上に襲いかかる。

 雪野のその重厚な一撃を、

「見せてない――ッスからね!」

 速水が突き上げた右手の平で受け止める。

「なっ……受け止め……」

 そして驚く雪野の目の前で速水は掴まれていた足を地面に向かって引き下げ、

「はは!」

 速水は高笑いを上げながら力任せに振りほどいた。

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