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九、悪い友達 25

「あははっ! やるッスね! 彼恋っち!」

 速水はイルカショーのプールのある屋外ステージの上から身を翻す。

「ご褒美に、お姫様だっこッ!」

 その腕の中に彼恋を抱き寄せながら抱え上げ、速水はそのまま外に身を投げ出した。

「キャーッ」

「はは! マジ! お姫様みたいな悲鳴ッス!」

 堪らず悲鳴を上げる彼恋に構わず速水は地面に向かっていった。そのはまま速水は二人分の体重を受けてなお平然と地面に着地する。

 速水は軽くヒザを曲げるとその二人分の衝撃を柔らかに吸収した。

「キャーッ!」

 ちょうど入り口の上だったらしい。速水の着地の衝撃音とともに入館に列をなしていた周囲の人々が一斉に悲鳴を上げた。そしてひとまずは人の居ないところに狙って着地したらしい。

 速水は着地と同時に苦もなく彼恋を抱えた立ち上がると、周囲の様子を見回して満足げにうなづいた。

「痛いわね!」

 その速水の腕の中で彼恋が暴れる。落下の衝撃は完全には押さえきれなかったようだ。彼恋が抗議と痛みに速水の腕の中で身をよじった。

「痛みぐらいどうにでもなるッスよね? 彼恋っちの力なら」

 速水はその抗議を受け入れず彼恋を抱えたまま瞬間移動めいた速度で走り出す。

「消えた!」

 人々の中から誰かの驚く声が響いた。

 だが人の目に留まらないスピードで動く速水はそれ故に人々をそれ以上は脅かさず、その人々の合間を縫うように水族館を離れていった。

 速水が目指したのは水族館前に広がる緑広がる公園の敷地だった。

 こちらも日曜日の晴天を満喫しようしてか行楽客で賑わっていた。

「はぁ? こんなことに、力なんて使ってたら、体が幾らあっても足りないわよ」

 瞬く間に着いた水族館前の緑地公園の入り口で、彼恋はようやく身を激しくよじって速水の手元から降りた。

 二人してたった今落ちて来た水族館の二階を振り返る。高い壁に阻まれ向こうの様子は見えない。だがイルカの異変と速水達の行動に悲鳴めいた声が上がっているのが聞こえて来た。

「イルカと違って、自分の身は大事ッスもんね」

「あれは……わざとじゃ……」

 速水の問いかけに彼恋は現実から目をそらすように斜め下に視線をそらした。

「お姉さんは、信じたッスかね?」

「……」

 彼恋は顔を上げない。

「待ちなさい!」

 その彼恋の頭上に遠く雪野の声が浴びさせられる。

「はは! 遅いッスよ!」

 雪野の声に反応して速水が細い目で水族館を見上げる。

 水族館の外壁の上に雪野の上半身が見えていた。両手を屋外ステージの外壁にかけて身を引き上げ、片足を引っ掛けて登る途中のようだ。速水が彼恋を引っぱってなお一息に駆け上がった壁を雪野がようやく乗り越えようとしていた。

「あんな壁ぐらい、ひとっ飛びだと思ったッスけどね」

 その様子に速水が小馬鹿にした笑みを浮かべる。

「……」

 彼恋は速水に応えなかった。彼恋は黙って声のした方を見つめる。

 だが見ていたのは壁の上に立つ雪野ではないようだ。彼恋はようやく見つめ直したその足下に続く水族館の外壁を見つめていた。

 彼恋が見ていたのはイルカショーの様子を覆い隠す壁――その向こうようだ。

「この!」

 雪野はちらりと下を見下ろすと外壁から飛び降りた。

 普通の家屋の二階以上の高さからこちらも平然と雪野は飛び降りる。

 更なる怒号めいた喚声が入館待ちの列からどよめいた。雪野は開いているスペースに飛び降りていたが、その周辺の人間は二度目の少女の落下に悲鳴を上げて逃げ惑った。

 更に右往左往する人を掻き分け雪野は彼恋達に向かって走り寄って来た。

「ははッ! 人様に迷惑かけてるッスよ! 優等生さん!」

 人波を混乱の渦に巻き込みながら近寄ってくる雪野に、速水が殊更小馬鹿にした声で呼びかける。

「うるさい! 待ってなさい!」

「あはは。待ってるのはいいッスけど、ここじゃまだ他の人間が邪魔ッスね」

 速水は公園の入り口でくるりと身を翻す。その背中で人波が砕氷船に押しのけられる海氷のように、奥の方から左右に強引に分かれていった。

 勿論その氷を押しのけていたのは雪野。そしてその気迫のようだ。

 雪野が走り寄ると人波を掻き分けるまでもなく、人々はそのただならぬ雰囲気に押されて自ら道を空けた。

「おお、怖いッスね!」

 速水は顔だけ後ろに振り返ると、その様子におどけた様に舌を出す。

 そして速水は唐突に彼恋の手を掴むと、

「もっと広い場所にいくッスよ!」

 相手の了承も得ないままやはり走り出した。今度は抱えるでは手を引くだけだったせいか、速水は人の速度で走り出す。

「キャーッ!」

 だが突然手を引かれた彼恋はその勢いに思わずにか悲鳴を上げる。

「あははッ! この程度で悲鳴を上げるとは、ますますお姫様っぽいッスね!」

「――ッ! うるさい!」

 彼恋が顔を真っ赤にした。

「あはは! おや……だっこしないと、追いつかれるッスね……」

 ひとまず彼恋を笑った速水が背後の雪野に振り返る。

 先に稼いだ距離は雪野の俊足に寄って一気に詰められていた。

「いやよ! てか、何でこんなことに――」

「再びのお姫様だっこッス!」

 彼恋の抗議に今度も耳を貸さず速水は強引に彼恋を抱き上げた。

 その背後からやはり気迫で人波を押しのけ、

「待ちなさい!」

 両の目を怒りに細めた雪野が追いかけてきた。

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