表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/323

九、悪い友達 24

「キャッーッ!」

 明らかに尋常ではない苦しみ方をしてイルカが一匹水面から飛び出した。続いて他の二匹のイルカが同じように苦しみもだえて飛び上がる。

 三匹は大きく乱れた水しぶきを上げて次々と水面に落下する。その後も水面にもがくように顔を出す姿に観客から悲鳴が上がった。

「えっ? 何?」

 花応もその様子を呆然と見送る。

「何だ?」

 宗次郎が反射的にかシャッターを何枚も切った。宗次郎がレンズを向ける間にイルカショーのトレーナーが慌てた様子でプールに飛び込んでいた。

「――ッ!」

 雪野も反射的に立ち上がった。周りの幾人かも何事かと立ち上がっている。だが雪野はその周囲の人間達とい立ち上がりながら背後を振り返った。

「……」

 多くの観客がプールの様子に釘付けになる中、雪野は振り返った先の細い目を睨みつける。

「ふふん……」

 細い目は挑発的な笑みでその鋭い視線を受け止めた。驚くでもなく誤摩化す訳でもない視線が、それでいて小馬鹿にしたような笑みで雪野の視線を受け止める。

「どうしたッスか? 千早さん」

「これは……あなたの仕業……」

「そうッスね。自分の仕業と言えばそうッスね」

「な……」

 己の問いかけにひょうひょうと答える速水に絶句する雪野の後ろで、

「しまった……」

 顔面を蒼白にさせた彼恋が震え声で小さく呟く。

 彼恋は唇を紫に色に見る見ると変え、額から頬にかけて真っ青になって血の気を失わせていた。震えていたのはその声と唇だけでなく、驚きに見開かれたまぶたもだった。痙攣するかの様に彼恋のまぶたが何度もぴくぴと波打った。

「彼恋さん!」

 彼恋のその小さな震え声が聞き取れたのか雪野が今度は彼恋に振り返る。鋭い視線はそのままに雪野は彼恋の蒼白な横顔を見た。

 立ち上がった雪野の視線はちょうど彼恋のそれと同じ高さにある。彼恋の目はおののきながら見開かれ水面でもがき苦しむイルカに釘付けになっていた。彼恋は雪野の視線を受けながらそれでいてプールから目を離せないでいた。

「彼恋さん! これはあなたが!」

 雪野が食ってかかるように自身が座っていたイス越しに身を乗り出した。

「えっ……」

 その時になってようやく自分に向けられている雪野の視線に気がついたようだ。彼恋は呆然と雪野に振り向いた。その目の焦点はどこかあっていない。

「あれは、あなたがやったの――って訊いてるのよ」

 雪野が彼恋に向き合ってその目の奥を覗き込みながら訊いた。

「……」

 彼恋がその視線から逃れるようにもう一度プールに目をやる。

 そこではイルカショーのトレーナーが誘導してプールサイドの岸にイルカを上げているところだった。イルカはトレーナーに背中を押されて岸にたどり着き、最後はお腹を支えてもらいながらプールサイドに上がっていた。

 舞台裏から獣医らしき白衣を来た職員が走ってきた。観客にショーの中止を告げるアナウンスが始まり観客の驚きの声はどよめきに変わっていた。

 そんな中彼恋はその光景を信じられないと戦く視線で見つめ、この現実が受け入れられないかのように震える唇の奥で大きくノドを鳴らして息を吐く呑んだ。

 その彼恋を雪野が鋭く見つめ、速水がにやにやと細い目を更に細めて見つめる。

「え……違う……わざとじゃ……」

 二人の視線にさらされ彼恋がゆっくりと視線を落としながらぽつりと呟く。

「――ッ!」

 彼恋は完全にうつむく前に何か視線の端に引っかかったのかばっと顔を上げ直した。

「彼恋……」

 彼恋が見上げた先に居たのはこちらも呆然とした視線を向けて来る姉の顔だった。

「花応……」

「彼恋……『わざとじゃ』って……」

 花応の視線がこちらも震えながら彼恋を見つめていた。

「……」

 彼恋は花応にすぐに応えられない。

「わざとじゃないってことか……じゃあ、あれは……」

「……」

 彼恋はやはり応えない。

「わざとじゃなくっても、あれは……あれは、お前がやったのか……」

「……」

「彼恋!」

 何処までも応えようとしない花応がじれたように彼恋の名を呼んだ。

 彼恋は問いつめられるに連れてうつむき始めていた。

「――ッ! それは――」

 だが最後に名を呼ばれて彼恋は奮い起こすように顔を上げた。

「あははっ! そうッスよ! これが彼恋っちの力ッスよ!」

 しかし彼恋に皆まで言わせず速水が立ち上がる。速水はそのまま彼恋の手を掴んだ。速水は勢い良く彼恋を立ち上がらさせる。

「えっ……何……」

 突然の速水の行動に驚き今度はそちらを振り向いた。

 細い目がその彼恋を迎える。目の奥から怪しいまでの光を放ち速水は彼恋を笑みの形の細い目で迎える。

「あんた――」

「よくやったッスよ、彼恋っち! さあ、ここじゃ狭いッス!」

 今度も皆まで言わせず速水が床を蹴った。

 速水は彼恋を掴んだまま宙を飛んだ。少女一人の跳躍力としても、ましてやもう一人掴んで飛べるような跳躍にには見えない。だが速水は楽々と花応達を飛び越え階段状の通路へと飛び出した。

「あはは!」

 速水が彼恋の手を引いて駆け出す。目指したのは階下の水槽。そしてその向こうに広がる屋外の向こうに広がる広場のようだ。速水は何のためらいもなく二階にあったイルカショーの施設の外壁に向かって駆ける。

 速水は早くも席を離れ始めていた観客に紛れるように、それでいてぶつかる寸前でするすると避けながら走り去る。

 彼恋はなすがままに速水に腕を引かれていた。

「彼恋!」

「おいおい!」

 その様子を花応と宗次郎が呆然と見送る。

「く……」

 ただ一人雪野が素早く反応した。

 雪野は速水もかくやとその後ろを観客の合間を勢い良く縫って追いかけ出す。

「雪野!」

「任せて!」

 花応の声を背に雪野は振り返りもせずに駆けた。

「ついてくるッスよ!」

 それでも速水は雪野に追いつかせず外壁までたどり着いた。速水は駆け寄って来た勢いのままに軽く跳ねると外壁の上に駆け上がった。

 速水は一人でも尋常ならざるその芸当を彼恋を引き上げながらやってのける。

「勝負ッス!」

 速水は壁の上で振り返り、眼下の駆け寄る雪野をねめつける。

「何の勝負をする気よ? あなたは!」

 雪野が壁の上の速水を苦々しげに見上げながら床を蹴った。

 速水はその雪野に殊更細めた冷たい視線を落とし、


「どっちが本物か――をッスよ! あはは!」


 相手が壁に登り切る前に自分は壁の向こうに高笑いを上げながら彼恋もろとも飛び降りた。

次回の更新は10月15日以降の予定です。

10月31日締め切りの賞に集中します。ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ