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九、悪い友達 21

「カティって何だ?」

 宗次郎は呆れたようにテーブルに頬杖を着いた。

 四人がけのテーブルに五人が二つに分かれて座る。宗次郎と花応、雪野が同じテーブルに着き、そのすぐ隣に彼恋と速水が着いたテーブルがあった。五人はカフェでパンとサンドウィッチを中心とした昼食をしていたようだ。

 宗次郎と速水が質より量を、花応と雪野、彼恋が量より質をとったお皿がそれぞれの前に並んでいる。食べ方もきっちりと分かれていた。宗次郎と速水の食べカスが方々にこぼしながら、その他の三人はそうならないようにゆっくりと口に運んでいた。

 宗次郎は早くも空になった皿を脇にどけ、頬杖をつきながら花応に振り返る。

「だからね。ファインマン・ダイアグラムがそう見えるのよ――」

 花応は自慢げに宗次郎に応える。そしてちらりと彼恋の方に視線を向けてから続けた。

「ファインマン・ダイアグラムは場の量子論の摂動展開の各項を図であらしていてね、素粒子などの粒子の反応過程を表現できるの。それを利用して表記した反応の一つが、ペンギンに見えるのよ。足を踏ん張ったペンギンにね。これをペンギン過程って呼んでいるわ。『ストレンジ・クォーク』が一時的に『トップ・クォーク』に変わって『Wボゾン』を放出するの。ものすごく短い時間だけどね。だからこんな重要な図式なのに、ペンギン過程と呼ばれて親しまれているわ」

「そうか……」

 花応は長々と語るが、宗次郎は大して聞いていないようだ。皿にこぼれていた食べカスの内、比較的大きなものを宗次郎は指先でつついて拾い上げ口に運ぶ。

「そうよ! 可愛いでしょう」

「そうか?」

 宗次郎の返事は聞き流すそれから疑問のそれに変わる。

「ふふん、分かってないわね」

 己の言葉に疑問の目を向けてくる宗次郎に花応が自慢げに鼻を鳴らした。

「ふん……単なるこじつけよ」

 その花応の様子に今度は彼恋が呆れたように鼻を鳴らせた。それと同時に彼恋は残っていたサラダにフォークを突き刺す。

「単にペンギン過程の発表者が、その直前の研究者同士の賭けに負けて、『ペンギン』って言葉を無理矢理発表に盛り込まないといけなくなって、こじつけだって言われているわ……そんなに自慢げに話す話じゃないわよ……」

 彼恋はフォークでサラダを突きながら続ける。彼恋はフォークを突き入れるがそのサラダを持ち上げることはなかった。花応の話がつまらないと言わんばかりに彼恋は単調にサラダを突く。

「そ、そうか……彼恋……まあ、そうだな……」

 花応が彼恋の反応に複雑な顔で応える。話に乗って来たこと自体は嬉しいのか目を見開いて驚きを表しつつも、その自身の話を否定する態度と内容に怯えたようにそのヒトミが震える。

「……」

「……」

 彼恋がそのまま黙ってしまい、花応も言葉を継ぐことができないようだ。

「……」

「……」

 その二人の様子に雪野と宗次郎がそれぞれ無言で目を合わせた。

 気まずい沈黙が四人を包んだ。

「……」

 ただ一人同じく無言でありながら、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて速水が口の中のものを咀嚼する。

「だからって、あれはないぞ」

 沈黙を破ったのは宗次郎だった。宗次郎は食べカスの一つを口に運ぶと大して大きくもないそれを大げさに噛み締めながら口を開く。

「何よ?」

「ここに来るまでにあったペンギンゾーン――」

 宗次郎がカフェの向こうに目をやる。それは宗次郎達が来た方の入り口だった。

 ペンギンゾーンがあるのはその先だった。宗次郎は実際に距離があるそこを遠い目で見る。

「次から次へと現れる各種のペンギン達。単純に可愛いのは認めよう。俺も沢山写真を撮った。フラッシュ焚かなきゃ、写真撮影オッケーとのことだからな。だがだ……だがだ……」

 宗次郎の遠い目は更に遠くなる。

「目に入ったペンギンを、片端から変な名前で呼ぶのヤメろ」

 宗次郎の遠い目が花応にきっと向けられる。

「変な名前って何よ? カティのこと? ちゃんと説明したでしょ?」

「全部同じ名前で呼べば、理由があっても変な名前だ。コウテイペンギンも、フンボルトペンギンも。雄も雌も。南極のペンギンも、大陸のペンギンも。大きいもの、小さいのも。寝てるのも、泳いでるのも。全部『カティだ!』とかはしゃがれた連れの身になれよ。めちゃくちゃ恥ずかしかったぞ」

「イヤなら、着いて来るな」

「ああ! 言い切りやがったこの女」

「なあ、彼恋! ペンギンと言えば、カティだよな?」

「私も恥ずかしいから、そんな話振らないで」

「う……」

「……」

 騒ぎ始めた三人を横目に速水が無言で立ち上がった。

「何処いくの?」

 その背中に雪野がすかさず声をかける。

「外の空気吸ってくるッス。一緒にどうッスか?」

 速水は振り返らずに手だけ振って答えるとイルカショーの行われる屋外施設へとつながるドアへと向かっていく。

「……」

 雪野が速水の背中と花応達を交互に見た。

 そこに残されたのは花応と宗次郎、そして彼恋。花応は少し上気した頬を見せ、宗次郎は呆れたようにあらためて頬杖を着いている。彼恋は隣のテーブルで視線をそらせていた。

「つき合うわ……」

 そんな三人を後ろに残し雪野は慌てて立ち上がると速水の後を追った。

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