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九、悪い友達 16

 水族館へと続く列はそのまま入場券売り場へと続いていた。入り口へと近づくに連れて人々の列は自然と整えられ二列に並んでいく。

 背の低い花応が背伸びをして人々の列の向こうを見ようとした。だがすぐにバランスを崩してたたらを踏む。

「はは……」

 花応は照れ笑いを浮かべながら振り返るが、

「ふん」

 目が合った彼恋はふんと鼻を鳴らせて横を向く。

 花応が困った顔で前に向き直る。背伸びしたり振り返ったりした分だけ前が空いていた。

 花応は人の列に追いつこうとか、それとも気分を変えようとしたのかやや駆け足で駆け出す。少々心配げな目でこちらを見つめる宗次郎を残し花応は前の列に駆け出した。

 彼恋の横を歩いてた雪野がすっと一人歩みを早めてそんな花応に追いつこうとする。

「すすす、水族館の水槽はな! きょ、巨大なものが増えてるが、あれはアクリルパネルのお陰なんだ!」

 窓口に向かって二列で並ぶ長い人々の列。そこに最後列に並んだ花応がその勢いのままに振り返る。

 その横に雪野が並んだ。速水のような一瞬の移動ではなく普通に早足で雪野は花応の横に並ぶ。それでいてその歩みは急ぎ足故の乱れがなかった。

 背中に神経を集中しているのかもしれない。静かにすっと流れるように花応の横まで雪野は歩を早めて歩いていった。

「知ってるわよ……」

 頬を紅潮させ興奮のままに頬を膨らませた花応を迎えたのは、今度も無愛想な表情を浮かべたこちらは不平に頬を膨らませる彼恋だった。

「そ、そうか……そうだな……彼恋なら知ってるな……」

 話の接ぎ穂を見つけられずに花応がしゅんとうつむき前を向く。

「ふん……」

「おやおや……」

 彼恋がもう一度鼻を鳴らし、その横に並んだ速水が他人事のように鼻で笑う。

「え、えっと……ガラスじゃないんだ?」

 雪野が慌てたように花応の顔を覗き込む。

「そう、そうなんだ! 凄いだろ、雪野! ガラスだと厚くしていくと緑がかって見えてしまうから、わざとアクリルで作ってるのよね! ガラスだとガラスの中の鉄分などの不純物が、緑の波長を散乱させてしまって緑がかって見えてしまうのよ! アクリルだとその点は心配ないわ! 厚く作っても透明なままなの! これが巨大水槽が出て来た理由の一つね!」

 気を取り直したように、又気を取り直そうとするかのようにまくしたてる花応。花応はまくしたてながらもちらちらと後ろの彼恋に振り返る。

「ふぅん。凄いわね」

「……」

 雪野が如何にも感心してますと微笑んでみせるが、視線を寄越されていた彼恋はぶすっと見つめ返すだけだった。

「それだけじゃないんだ! アクリルだと加工もガラスより容易だから、変わった形の水槽も作りやすいのよ! アクリルは絵の具とか、繊維にも使われるけど、この場合は樹脂ね! アクリル樹脂! 水族館の水槽に使われるようなアクリルは、最終的に厚さが何十センチにもなるんだ! でもこれは一度に造り上げるわけじゃないの! 作業現場で何枚もあるパネルを重ねて貼り合わせて作るのよ!」

 花応達の後ろにも入場待ちの人々の列が続く。花応の声がその中でも一際大きかった。

「桐山。ちょっと、声が大きくないか? 他の人に迷惑だろ?」

「いいでょ、河中。別に、これくらい」

 宗次郎が花応を止めようと手を伸ばすが、雪野がそれをこちらも手を伸ばして制した。

「それでな――」

 前後を埋め尽くす沢山の人に囲まれながら花応は一目を気にした様子も見せずに更に続ける。それでいて何度も彼恋にはちらちら振り返った。

「アクリルパネルは勿論アクリル樹脂なんだが、それを貼り合わせる接着剤もやっぱりアクリル樹脂なんだ! 当たり前といえば当たり前だが、凄いだろ! アクリルだけで何層も貼られたパネルは、さっきも言った通り透明さを保ちながら一枚板で水圧に耐える水槽になってくれる! まさに鑑賞にはもってこいなのよ!」

「……」

 次々と巻く立てる花応に彼恋が冷めた視線を寄越す。

「どうしたッスか? お姉さん、楽しそうッスよ」

 速水が細い目で小馬鹿にしたような笑みを浮かべて訊く。

「ふん……さっきから、バラバラよ……」

「『バラバラ』? 何の話ッスか?」

「話し方よ……お姉ちゃんぶって私に話している話し方と、友達に普通に話している話し方……ごちゃ混ぜ……」

「へぇッス……」

「興味なさそうね……」

 彼恋が横目で速水を見た。

「そうでもないッスよ」

 速水は言葉とは裏腹に軽薄な笑みを浮かべて答える。

「ふん……」

 その様子に彼恋が鼻を鳴らして前を向き直る。

「アクリル樹脂はそもそも、透明性の高い非晶質の合成樹脂で――」

 花応はまだ話に没頭していた。

「お姉ちゃんぶって、私に聞かせるように話してるのよ……」

 そんな花応をじっと見つめ彼恋が無意識にかぐっと両の拳を握った。

「……」

 今度は速水が送って寄越す横目の視線を受けながら、

「そんなところが、大嫌いよ……」

 彼恋は奥歯をギリッと鳴るまで噛み締め、爪も食い込まんばかりに更に両の拳に力を入れた。

作中のアクリル樹脂のバネルに関しては、以下のサイトを主に参照させていただきました。

http://www.nippura.com/index.html

http://www.monodzukuri.meti.go.jp/backnumber/01/04.html

http://www.ntv.co.jp/megaten/library/date/05/06/0605.html

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