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九、悪い友達 15

「うお、でっかいな……」

 宗次郎はそう呟くとレンズを覗きカメラのシャッターを一つ押した。

 陽光を背に受け宗次郎はそのまま何枚かシャッターを切る。東面を大通りに、南側を鉄路に面した都市公園。駅からその大通りまでは細い生活道路と思しき路地を抜けてつながっていた。

 宗次郎は抜けて来た細い路地から交差点に出ると急に開けた景色に触発されたのか夢中でシャッターを切り出す。

 緑化された公園はその頭上に駅よりほど近いというにに開けた空間を見せていた。公園の北東の一角に横たわるように真新しい近代的な外観の建物が立っていた。

 宗次郎達はまだ片側三車線の道路を挟んで向こうに見えるだけのその建物に熱心にレンズを向ける。

「水族館なんだから、当たり前じゃない」

 立ち止まってシャッターを切り続ける宗次郎の脇腹を花応がヒジでつついた。

「何だよ、いい感じでアングル狙ってんだよ。邪魔すんなよ」

「邪魔はあんたでしょ? 通行人もお構いなしに、何あっちこっちレンズ向けちゃってくれてんのよ」

 花応が少々顔を赤らめて周囲を見回す。周囲には同じく水族館を目指す人々で周囲はごった返している。

 今は信号待ちで更に後ろから人の群れが合流しようとし、図らずも花応を宗次郎の方に押し出そうとする。

 体ごと宗次郎に当たりそうになったその時、花応が更に強くヒジを突き入れた。

「イテッ! 痛いな!」

「詰めなさいよ! もう!」

「へいへい」

 花応に強くなじられ宗次郎がようやくカメラを下ろし身を縮めた。

「何、あれ……」

 その様子を後ろから見ていた彼恋がぽつりと呟く。

「何? 珍しかった? 彼恋さん?」

 彼恋の横顔に雪野が話しかける。雪野の顔は少し自慢げに緩んでいた。

 信号が青に変わった。

「別に……」

 雪野に素っ気なく応えると彼恋は人並みに押されて歩き出す。

「ふふ……」

 その横で細い目を更に細めて速水が同じく交差点を渡り始めた。

「何よ、この人ごみ……だからタクシーで来ようって言ったのよ……」

 人々が一斉に歩き出した交差点。人並みにもまれて真っ直ぐ歩けない彼恋が呟く。

「あはは! 彼恋っち! この距離をタクだなんて、どんなけ金持ちッスか? 二十分もかからないッスよ!」

「うるさい」

「桐山さんも、同意見でしたッスからね。いや、あの時の桐山さんの嬉しそうな顔。幾ら桐山さんと意見が合ったからって、いきなり取り下げたんだから、彼恋っちの自業自得ッスよ」

「う・る・さ・い。ふん! 残りの二人は信じられないって目で見て来たし、あんたに至っては『そんなお金があるなら、おごるッス』なんて言い出すからでしょ? 気分失せただけよ。別にあれと意見が合ったからじゃないわよ」

 彼恋は途中から不機嫌に足を踏み鳴らして交差点を渡り切った。

 人の流れは自然と水族館へと向かい、バスを降りた人々合流することで更にその混雑を増していった。人々が公園の敷地へと流れていく。建物の南側へと来館者が回り込んでいっていた。南側に入り口があるらしい。人々はそこに敷かれた石田畳の通路に導かれるように建物の南に列をなしていった。

 石畳の通路の向こうはには緑の芝生が敷かれた緑地が続き、そちらも行楽の人でにぎわっている。まさに行楽日和を満喫使用とする人々が、水族館に吸い込まれ公園に散っていく。

「か、彼恋! はぐれるなよ!」

 先をいっていた花応が自身が人波に呑まれそうになりながら振り返る。

「子供じゃないわよ。自分のことでも心配してなさいよ」

「そ、そうか……」

 彼恋に素っ気なく返され花応が名残惜しそうに前に振り返る。

 その花応の肩を宗次郎がつついた。花応はもう一度今度は宗次郎に振り返る。出迎えるようにカメラのフラッシュが瞬いた。

 フラッシュでの不意打ちを受け花応が後ろにのけぞった。ひとしきり驚いた後花応は宗次郎の足に蹴りを入れる。宗次郎がおどけてのけぞると花応が苦虫をかみつぶしたような顔でそっぽを向いた。しかめっ面だが何処かその花応の口元は何処か緩んでいた。

「何よ……随分と態度が違うじゃない……」

 彼恋がそんな花応の後ろ姿に呟く。

「……」

 その彼恋を速水が黙って横目で見る。そしてそのまま背後に振り向いた。

「……」

 最後尾からついて来ていたこちらも無言の雪野と目が合う。

「何?」

 雪野がゆっくりと口を開く。

「どうしたッスか? 一番後ろだなんて、優等生らしくないッスよ」

「別に私は優等生じゃないけど。一番後ろだと、優等生らしくないってのもおかしくない?」

「それこそ別にッス……ただ……」

「『ただ』?」

「ただ――監視してるみたいッスねって……」

 最後の一言とともに速水の姿が人ごみから消えた。

「……」

 雪野はだが目で追えたようだ。視線だけ横に向けるとそこに速水の姿があった。人ごみが溢れる水族館へと向かう道。速水の移動は他の来館者には認識すらできなかったらしく、誰もそのことで騒ぐことは無かった。

「楽しむッスよ」

 雪野の隣に現れた速水は馴れ馴れしくその肩を抱く。

「ふん……」

 雪野が一歩大きめに前に出るとするりと速水の腕から逃れた。

 雪野はそのまま前に進むと彼恋と並んだ。

 雪野が彼恋に二言、三言声をかけるが彼恋は素っ気ない返事を返す。

「おやおや、嫌われたッスね……」

 速水はそう呟くと、それこそ監視しているかのように細い目を更に鋭く細めた。

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