表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
183/323

九、悪い友達 13

「てか、遅いわね」

 雪野がちらちらと左右を振り向いた。お目当ての人物がいないかと雪野はそのまま目を凝らす。

 人々が行き交う朝の駅前。多くの人がそれぞれの目的地に向かおうと入り乱れている。行楽に出かける家族連れも居いれば、明らかに観光客と分かるガイドブック片手のリュックの集団が居る。花応達と同年代の集団が居たかと思うと、日曜日でも仕事に手がける途中のようなスーツ姿の男女の姿もあった。

「自分から呼んでおいて……」

 だが雪野はしばらくその間に視線を泳がせるだけで、何処か一点で目が止まるようなことはなかった。雪野は少し苛ついたようにその場で軽く足を運ぶ踏みならす。

「雪野の目で見つからないなら、まだ来てないんでしょ。二人とも遅刻魔だしね」

 花応が雪野に習って左右をみる。こちらも目を凝らすがやはり目当ての人物は見つけられなかったようだ。花応は呆れたと言いたいのか、諦めたと示したいのか、両の拳を揃って腰に当てた。

「一人は言い出しっぺで、もう一人は男子でしょ? 誘った人や、女子待たせるなんて最低」

「いや、それはあの二人には、通じないじゃない?」

「そうね……」

「いい加減さじゃ、いい勝負だもの。あの二人」

 花応が腰に手を当てたままこちらは呆れと諦めの混じったため息をついてみせる。

「……」

 そんな花応の右の手に彼恋がじっと目を向けた。

「何?」

 花応がその視線に気づいて彼恋に振り返る。

「別に……」

「何か、言いたいことがあったら。お姉ちゃん、ななな、何でも聞いてあげるぞ」

 花応は再び喜色を取り戻した。

「はぁ? お姉ちゃん面しないでって言ってるでしょ? あれよ……一応聞いておいてあげるわ……前は、聞くヒマなかったし……その右手……どうしたのよ?」

 彼恋が目をそらして唇を尖らせた。

「ああ、心配してくれるのか?」

「はん! お爺さまが、あんたに会うとあんたのことばかり訊くからよ。元気かって訊かれて、元気だって答えたんだけど! よくよく見たら、何か怪我してるじゃない。だから一応訊いておこうと思っただけよ!」

 彼恋は花応の問いに最後まで目を合わさずにまくしたてるように答えた。抑揚の高低を交互に入れ替えさせながら、彼恋は一人で口を開く。

「そ、そうか……これは自分でやったたんだ。だ、だからお爺様には内緒な」

「『自分で』?」

 彼恋がようやく花応に振り返り驚いたように目を見開く。

「ああ! 一人で怪我したってことだ! 大した意味ない! もう大丈夫なんだけど! 一応包帯してるだけ!」

 花応が慌てたように右手を背中に隠すと、反対に左手を広げて見せて否定するするように左右に振った。

「ふぅん……」

 彼恋は疑わしげに鼻を鳴らし雪野の方をちらりと見た。

「……」

 雪野は彼恋の視線に気づかなかったのか、あえて無視したのか遠くに目をやったまま振り返らなかった。待っている人物が未だに現れないことに苛立っているようだ。雪野は更にリズムよく足を踏みならし始めていた。

「……」

 もう一度三人の間に沈黙が流れる。

 花応がちらちらと彼恋の様子をうかがい、彼恋がその視線から逃れようとかそっぽを向いた。

 雪野はまだお目当ての人間を捜して遠くを見たままだ。

 朝の国際的観光都市の玄関口の喧噪の中、その一角だけにぽつんと無言の穴が空いた。

「おい! こら! 止めろ! 皆見てんだろ!」

 気まずい雰囲気すら漂い出した姉妹と一人。そんな沈黙をけたたましくも破り、通行人の好奇の視線を集めながら声が轟いてきた。

「何言ってるッスか? 今時の男女は人前でも、腕ぐらい組むッスよ!」

「お前な! 俺とお前が腕組んでんのが! おかしいって言ってんだよ! てか、当たってるぞ! いいのか?」

「何ッスか? 自分、実は結構あるんで、キョドってるッスか?」

「あのな!」

 若い男女の喧噪だ。

 その声に花応と雪野、彼恋の三人が同時に振り返る。振り返る前はそれぞれ違う表情を浮かべていたその顔が、一斉にあきれ顔で振り返った。

「何やってんのよ……」

 最初に口を開いたのか花応だった。

「いや、別に! すぐそこで一緒になってな! 仕方なしに一緒に歩いて来たら、最後にいきなり腕組まれたんだよ!」

 そう答えながらもまだ腕を組まれたままの宗次郎が答えた。私服にいつものカメラを胸からぶら下げている。

 だが今目立つのはその腕にぶら下がるように掴まっている女子の方だ。

「ラブラブッスよ! ラブラブ!」

 細い目を更に細めて宗次郎の腕に掴まったまま速水が口を開く。速水はTシャツにホットパンツとはきつぶしたスニーカーとラフな私服だった。雪野と同じく動き易さを重視した格好だった。

「とにかく、恥ずかしいから、離れなさいよ」

「お、おう! 離れろ速水!」

 花応に応えて宗次郎が慌てて掴まれていた手を振りほどいた。

「失礼ッスね!」

 言葉では反発しながらも逆らうつもりはないのか強引に掴んでいた手を速水はあっさりと離す。ほどかれるままに前に出た速水はそのまま雪野の前に出た。

「……」

 似たような姿の速水に雪野が無言で睨みつける。

「どうしたッスか……」

「別に……動きやすそうね……」

「そうッスね……でも、それはお互い様ッスよ……動きやすそうッスね……」

 雪野の答えに速水が細い目を殊更細めて応えた。二人は互いに自分達にしか聞こえない声で言葉を交わす。

「そうね……何があっても、動きやすい方がいいと思ってね……」

 雪野が更に眉間にシワを寄せてまで目に力を入れて険しい視線を送ると、 

「おやおや……分かってるッスね……」

 速水は両の口角を上げて嬉しそうにその視線を受け流した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ