九、悪い友達 12
「はぁ? 何であんたがここに居るのよ?」
その特徴的な吊り目を怒りに見開いて少女は開口一番そう非難がましく口にした。
「えっ? えっ? だって……」
同じような吊り目の少女がこちらは困惑に見開かれる。
そして同時にたじろぐように後ろに身を退いてしまう。
高速鉄道の駅も併設された地方都市のターミナル駅。多くの人が行き交うその駅前の広場。
国際的な観光都市の玄関口でもあるこの駅は、各国の観光客まで含めて先を急ぐ人々でごった返していた。
そんな中で同じような容姿の少女二人が正反対の表情を浮かべて顔を突きつけ合わせていた。
「……」
「えっ、えと……」
睨む彼恋に、ひるむ花応。朝の陽気にふさわしくない空気が二人の間に一瞬で漂った。
更にぐっと睨まれ花応は今度は実際に半歩後ろに下がる。背後に気を回す余裕もなかったようだ。その後ろをたまたま通りかかった通行人が慌てて身を避けた。
「……」
そんな様子を花応の横に立っていた雪野が横目で見つめる。
「あっ? まさか……今日、あんたまで誘われてたの?」
彼恋が両の拳を力の限り握りしめた。そのまま腕を突っ張らせて肩を怒らせる。背中はぴんと伸ばしながらも前に少しかがませてその怒りの吊り目を更に前に突き出した。
「そ、そうだ。お姉ちゃんも、速水さんに誘われて……聞いてなかったか?」
「聞いてないわよ! そんな話!」
「そ、そうか……速水さんも、忘れてたのかな……あはは……」
花応が頭を掻きながら乾いた笑い声を上げる。
「てか、花応。あんたも電話してないの? 彼恋さんに電話するって、花応言ってたよね?」
雪野が軽くヒジで花応の腕をつついた。
「えっ……えっと……」
「電話してないのね? 電話してれば、私たちも来るって、最初から伝わってたのに」
「だって……」
花応が困ったようにうつむいた。
「『だって』も何もないでしょ? 私言ったよね? 彼恋さんに電話しときなさいって」
「だって……」
花応が先と同じセリフを視線を横に苦し唇を尖らせて口にする。
「……」
そんな花応の様子を彼恋がぐぐぐと奥歯を噛み締めて睨みつけた。
「……」
雪野も呆れたように目を細めて花応を横目で見る。
「……」
彼恋に睨まれ雪野に非難の目を向けられて、花応は目をそらしたまま黙り込んでしまう。
三人三様に黙り込んだ様子に通りがかった通行人が不思議そうに眺めて通り過ぎていった。
「とにかく! あんたが来るなんて聞いてない! あいつに文句言ってやる! あの娘は――まだ来てないか」
彼恋は不快げに顔を歪めるとぷいっと横を向いた。そのままの勢いで顔の向いた方向――駅へと続く通路に目をやるが、そこに誰も見つけられずに更に不機嫌に眉根を寄せた。
「ぐぬぬ……」
文句を言う相手を見つけられずに彼恋はただただうなる。
「ところで……待ったか? 彼恋……」
そんな彼恋に花応がおずおずと訊いた。それだけで随分と勇気を振り絞ったらしい。同時に遠慮がちに出された手は少し震えていた。
「『待った』ですって? 待ったわよ! てか何であんたが来るのに、私が昨日からこっちにこなきゃいけないのよ!」
「昨日から来てたのか? ああ、この集合時間なら、向こうからなら始発に乗らないといけないからな。こっちに泊まったのか? だったら、ウチに泊まればよかったのに」
「冗談! てか、あんたにどう連絡とれってのよ? 電話とらないし! 電話してこないし! メールとれるの? 返せるの? 確認の電話一つしてくれば、私元々こっち来る気はなくなってたろうけど!」
彼恋が苛立たしげにまくしたてぷいっと今度も横を向く。
「だから、それが怖くて……」
そんな彼恋の様子に花応がしゅんとうつむいた。
「……」
雪野はそんな花応を黙って見下ろす。
「……」
またも黙り込んで花応に彼恋は一度は背けた目を何度もちらちらとやった。完全に黙り込んだ花応。その様子を横目で見て、彼恋はまぶたを何度か痙攣させながら視線を送る。
今一度の沈黙が三人を襲った。
「てか、何よ……その格好? 趣味悪いわね」
しばらくの沈黙の後、彼恋が根負けしたように口を開く。彼恋は訊きたくって訊いている訳ではないと言わんばかりに固く目をつむって口を開く。
「そ、そうか? お爺さまが買ってくれた服だぞ。お、お前も同じものを買ってもらってなかったっけ?」
花応が一瞬で沈黙を破り喜色に頬を染めて顔を上げる。
「ああ、あれね。一度も袖を通す気にならかなった、少女趣味の服ね。いつまでも子供扱いしたい、大人の私欲丸出しの服よ」
「か、彼恋……」
「まったく……そんな服着る気になるなんて、どんだけ間抜けなのよ」
「だ、だって……もしかしたら、彼恋も持ってるし……お揃いになるかもって……」
「ならないわよ。気持ち悪いわね」
「そ、そうか……」
花応が言葉に詰まってうつむいた。それでもその顔は何処か嬉しそうだ。
そんな二人のやり取りに目をやり、
「まあ、とりあえず……会話はしてるし、よしとするか……」
雪野は鼻から一つ息を抜いて誰にも聞こえない声で呟いた。