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九、悪い友達 10

「……」

 花応は緊張に目を見開いていた。白目に対して黒目を小さく縮こまらせ、そのまぶたを力の限り見開いていた。

 どうやらわざとではないようだ。

 花応は両の肩も緊張にこわばらせていた。上品な生地で仕立てられた私服に包まれた肩が、無意識に寄せて上げられていた。

「う、うん……い、いや、違うかな……」

 花応は一人呟くとぎこちなく手を上げた。それでもう一枚別の私服を胸元に持ってくる。

 花応は包帯の巻かれた左手で新たな私服をのど元から吊るしてしばらくそのままにした。

「……」

 どうやら鏡で服が似合っているかどうか確かめているようだ。花応は自室で全身を写せる姿見の前に立っていた。

 花応は鏡に写った右手でしばらく服を吊るし、じっと緊張した面持ちで己の姿を見つめる。

「違うか……」

 花応は一度は胸元で吊るした私服を外した。

 花応はそのまま服を側にあったソファーに放り投げた。ソファーの背もたれに架けるつもりだったらしい。だがそれはソファーの上を滑って落ちる。放り投げられた私服は別の私服を巻き込んで床に落ちた。

 背もたれは既に似たような状態で別の私服が山と積まれていた。新たに放り投げられた私服はその上に一度は乗っかったものの他の服を巻き添えにして滑り落ちる。

「……」

 だが花応はそのことを気がつかなかったのか、それとも気が回らなかったのか。そちらにちらりとも目もやらず、花応は新しい服を胸元に寄せていた。

 新たな服を確かめながら花応はやはり緊張に目を見開く。

「ベリ……」

 そんな様子をジョーが見上げる。

 ジョーは両の羽を前に突き出し幾つかの私服をその上に架けていた。いや、羽だけではなくその背中と嘴にも服が架けられている。どうやらこちらも山と服を持たさせれ、花応の洋服選びにつき合わされているようだ。

「ううん……」

「花応殿……」

「ううん……」

 ジョーに呼びかけられても花応はうなるだけで応えない。

「花応殿……」

「ちょっと……話しかけないで……今真剣なんだから……」

 花応は己の言葉通り目を見開いて一点を見つめながら応える。

「真剣になることベリか?」

「当たり前でしょ」

「どれも一緒ペリよ」

「一緒な訳ないでしょ」

 花応はジョーに応えながらもう一度私服を放り投げた。今度はコントロールが甘かったのかソファーの手前で失速して落ちる。

「そんなに必死に選ばなくってもいいペリよ」

 ジョーが床に散らばった私服に呆れたように目を向けながら、右の羽に乗っていた新しい服を差し出した。

「うるさい……黙って見てなさい……」

 花応はそちらを無視し嘴の上に乗っていた服をむんずと乱暴に掴む。

「ペリ」

「むむ、ジョー。これ似合うかな?」

 花応は嘴から取り上げた私服を胸元に持って来るなり少し目を輝かせた。

「……」

「黙ってちゃ、分からないでしょ」

 洋服を胸に当てたまま花応が頬を膨らませてジョーに振り返る。

「たった今、黙って見てろっていったペリよ」

「うるさい。口答えすんな」

「なら、やっぱり黙ってるベリよ」

「それじゃ、分かんないでしょ? 日曜日に遊びにいく服決めてんのよ。客観的な意見が欲しいじゃない。何か言いなさいよ」

 花応は胸元に当てた服の裾を左右に振り回しながら鏡に写った全身を確かめる。

「どっちペリか?」

「いいから。如何にもセンスなさそうな、あんたの意見を聞いてあげるって言ってんのよ。答えなさいよ」

「自然が一番ペリ」

 ジョーが自慢げに両の翼を上げると、

「あんたは天然でしょ」

 花応が上げられた白い羽毛をきっと睨みつける。

「そこまで服装にこだわる理由が分からないペリよ。雪野様と宗次郎殿と遊ぶなんて、いつものことベリよ」

「そうだけど……あらたまって誰かと遊びにいくなんて、何年か振りなのよ……ましてや、あの娘となんて……」

 左右に身を振り服が似合うかどうか確かめていた花応の体がぴたりと止まる。

「妹さんペリよ。そんなに気を遣う必要ないペリよ」

「……」

 花応は応えない。ぴたりと身を止めたままジョーに背中を向ける。

「普通に接すればいいと思うペリよ」

「……うっさい……」

「意見求められたから、言っただけペリよ」

「うる……さい……」

「別に黙っていてもいいペリ。普通が一番ペリ。特別な意見はないペリからね。何なら、妹さんに電話すればいいペリ」

「それはダメ……せっかく私と遊びにいく気になったのに……」

 花応は胸元に寄せた服をぎゅっと握りしめる。

「ペリ……」

 その私服を握りしめた右手は、

「気が変わったら大変じゃない……」

 細かく震え力の入れ過ぎて白くなっていた。

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