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一、科学の娘18

「演劇部の練習? 授業中だぞ! いや、それ以前に何だこの騒ぎは?」

 男性教師の一人が雪野に詰め寄る。

「そうですわ、先生……人生とは全て演劇。そしてその延々なる練習だと思い込むこと。そうは思いません?」

 雪野が熱を帯びたような視線でその教師を見つめ返す。

「人生は所詮己らしさを演じようとする痛々しい素人芝居。もしくは何処にでも代わりのいる雇われ仕事のエキストラ」

「お、おう……」

 教師が大きく息を呑む。その音が皆の耳に届いた。

 いや息を呑んだのはこの教師だけではない。集まってきた教師全てが立ち止まって雪野に見入り出す。

「役割を己で探すか、与えてもらうのか――その違いだけ。賞賛される者などほんの一握り。そんな役者人生こそが、人の生」

「あ、あんた……」

 花応も息を呑んで雪野の表情に見入る。

「そして多くの者がまだ己の人生を本番ではなく、延々に続く練習だと思い込もうとする――」

 雪野は口調は歌うかのようだ。

「千早さんってば……」

 花応はやはり息を呑む。そしてまるで遠くに雪野がいるかのように、惚けたように視線を送る。

 そして今や雪野に見入っているのは花応と教師達だけではない。

 中庭を囲む教室と廊下。教室の窓を埋める生徒達。廊下も渡り廊下も人影で埋め尽くされている。中庭に生徒と教師が遠巻きに取り囲んでいた。

「次こそはうまくいく。今はまだ不運なだけ。明日から頑張ろう――」

 雪野は今やその全ての観客に向かって語りかける。

 雪野の両腕が情熱的に、それでいて優雅に舞う。己の内側を曝け出すように内から外に。観客の全てを自分のものにせんとするかのように外から内に。

「与えられた生の時間を、謳歌しているのか。それとも時間があるということに、踊らされているのか」

 足下もダンスを踊るように一時も止まらない。己の内から溢れ出る気持ちを抑え切れない。そんな溢れ出る情熱で足下そのものを焼いているかのような軽やかなステップを踏む。

 その足取りにジョーの出したスモークが呼応するように渦を巻く。

「……」

 涙に顔をぐしゃぐしゃにした天草もその様子に見入る。

 見れば周囲の生徒と教師全てが、固唾を呑んで雪野の様子に見入っている。

「だけど、本当は全てが本番。たとえ百万の観衆がいようとも、街ゆく人に無視され街頭で一人踊ろうとも」

 雪野がちらりと視線を花応に送る。

「え……何処にいくの……」

 その雪野の視線に花応は思わずそう呟く。

 そう。雪野は一人花応達の下を離れて、皆の注目を集める中庭の中央に寄っていく。

 それは花応から距離をとることを意味していた。

 雪野はガラスの破片散らばる中庭をいく。花応が用意し、アルカリ金属の爆発的反応とともに砕け散ったガラスビンの破片だ。まるで演出の一つでもあるかのように、それをリズミカルに踏みつけながら雪野は皆の中心に向かっていく。

「何処にいく気よ……」

 実際の距離以上に遠くを見ながら、花応は雪野の背中をとらえようとしてか手を伸ばした。

 だがそこで体が止まってしまう。

 皆が同じようだ。固まったようにその場を皆が動かない。

「雪野様の気持ち……汲み取って欲しいペリ……」

「何? どうしたのよ……」

「演じ続けるのが人の生――そして私は普通の人間を演じる不思議な役者……」

 雪野が眼差しを花応に向けながら、寂しげな台詞を口にする。

 その姿をスモークが包む。

「ペリ……巻き込めないペリよ……」

「な、何……何を言ってるの、二人とも……」

 花応はそう呟きながらも指一つ動かせない。

「さあ、私の人生の客観者たる皆さん! お騒がせしました! この度は只の茶番劇!」

 雪野がフィナーレを告げる役者のように、大げさに両手を拡げてくるりと回ってみせる。

「あなたの人生を一時惑わせただけの、お安い三文芝居! 本当にあったことではありません! さあ、演目は終わり! 皆様それぞれ己の果たすべき役割にお戻り下さい!」

 雪野の台詞に皆が惚けたように頷いた。

「そう――」

 そして雪野は最後に花応に振り返る。

 花応は焦点の合っていない目を雪野に虚ろに向けている。

「魔法少女なんていなかったの……あなたは全てを現実のことと思わない……」

 雪野が寂しげに笑う。

 その笑みは嵩を増したスモークの向こうに霞み始めた。

「だから私達が友達になったのも、もはやなかったこと……」

「……」

 花応が全身から力が抜けたように、惚けたようにその場に座り込んでしまう。

 実際に惚けているようだ。

 確かに雪野と戦った証拠である花応のガラスビンの破片。その鋭利な破断面を見せてガラス散らばる中庭。そんな危険な場所に、花応は全く無警戒に手を着いて座り込んだからだ。

「また、友達になれるわよ……ねえ、だから今はせめてこう呼ばせて……」

 そんな花応の様子に少しだけ心配げに眉を寄せ、雪野はそれでも更に続ける。


 花応――


 その一言を最後に、雪野の姿がスモークの向こうに消えた。

2015.12.19 誤字脱字などを修正しました。

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