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九、悪い友達 8

「はあ、誰が楽しみにしてるってのよ?」

 少女は濡れた髪をバスタオルで丁寧に拭きながら応えた。少女は肩を上げて首を傾けている。それで作り出した隙間に携帯電話を挟み込んでいた。

 髪はまだ拭き切れていないようだ。髪を乾かすところで電話がかかって来て、取り急ぎ髪を拭きながら電話に出ることにしたのだろう。少女は携帯を髪の雫で軽く濡らしながら電話を続ける。

「明日が楽しみで眠れない――そんな訳ないでしょ」

 少女はそうまでして出た電話に不機嫌に鼻を鳴らせて続けた。

 少女はちらりと窓の向こうに目をやった。その特徴的な吊り目が闇に完全に沈んだ街角をとらえる。

「お風呂上がったばかりの私が、わざわざ電話出てやったってのに。用件はそんなことなの?」

 髪からしたたり続ける雫を気にもせず少女はそのまま通話を続ける。

「全裸電話ッスか? 変態ッスね」

 電話の向こうも少女のようだ。少女の声はわざとらしい驚きの声で再生される。

「誰が変態よ。ちゃんと浴衣に着替えて、今本格的に髪を乾かしてるところよ。何で裸であんたの電話出ないといけないのよ」

「残念ッス。てか、『浴衣』ッスか? 随分と和風な部屋着ッスね」

「違うわよ。あんたがこっち来いって言ったんでしょ?」

「言ったッスよ。日曜日に遊びに行くッス。たからせろッス――って、言ったッスよ。それが何かッスか?」

「はっきり言うわね。だから、こっち来てんじゃない? ホテルに決まってるわ」

 少女はそう応えるとバスタオルを放り投げる。確かに少女の言う通りホテルのようだ。厚手で柔らかなバスタオルはホテルのロゴを曝して宙を飛んでいく。

 部屋に設えられていたリクライニングチェアにふわりと引っかかって着地したバスタオルを尻目に、少女は今度はフェイスを棚から取り出した。少女は乾き切っていない短い髪にそのタオルを巻く。

「前日から来てたッスか? それならそれで、連絡寄越すッスよ。友達甲斐がないッスね」

「別に。あんたと友達って訳でもないわよ」

「うお。ショックッス。一緒に食べたあの不味いアイスクリームの味は、友情の味じゃなかったッスね」

「うるさい。もう一回、喰らわすわよ」

 少女が苛立たしげにタオル越しに髪を掻いた。

「いいッスよ。力は使う程――高まっていくからッスからね」

 電話の向こうの少女の声のトーンが不意に抑えたものになる。そして何処か人を小馬鹿にしたような鼻から息を抜く音も小さく同時に再生された。

「ふん……」

 少女はその電話の向こうの声に不機嫌そうに鼻を鳴らした。そして煩わしいと言わんばかりに一度は頭に巻いたフェイスタオルを乱暴にひっぺがした。

 濡れたショートの髪が軽く揺れる。その下に続くのは不機嫌に寄せられた眉と、こちらも不機嫌そうに吊り上げられた生来からの吊り目だ。

「渋い顔してるッスね。目に浮かぶッスよ」

「るっさいって言ってるでしょ」

 少女は指摘されたままの渋い顔で応える。そしてその手は携帯から一切離れない。

「でも、お誘いに乗ってくれてよかったッスよ。そっちじゃ、力を使うアテがないッスもんね」

「ふん。こんな力なくったって、私は私。別に最初からアテにしたり、期待したりなんかしてないわよ」

「そうッスか? 自分は色々とおもしろがってるッスよ」

「『おもしろがってる』だけじゃない。何か役に立ったての?」

「退屈はしないッスよ。力失くした男子どもを、川に突き落としたりして、軽くからかってやったッス。勿論ちゃんと力のある人間相手にする方が、めちゃくちゃ興奮するッスけどね」

 電話の向こうの少女はその様を思い出したのか、あからさまに鼻息を電話口で再生させる。

「あんたの方がよっぽど変態じゃない」

 その鼻息を耳元で受けそれでも携帯からは耳を話さずに少女は応える。

「否定はしないッスよ。自分、自分が一番ッスから。楽しいことには、何でも首を突っ込むッス。変態とののしられようともッス」

「あ、そう。で、明日どうすればいいのよ?」

「ノープランッス」

「はぁ?」

「こちとら国際的観光地ッスよ。そこら辺歩いていたら、そこそこヒマしないッスよ」

「あんたと二人っきりで、ぶらついて何が楽しいのよ」

「……」

 電話の向こうの少女が不意に黙り込んだ。

「何よ?」

「別にッス。確かに〝友達は〟彼恋っちしか呼んでないッスよ。二人で楽しむッス」

「だからあんたと友達だなんて、いつ決まったのよ?」

「少なくとも、力の使い方を教えて上げる、親切な人間ッスよ。友達呼ばわりぐらい勘弁して欲しいッス。じゃあ明日、約束の時間で」

 電話の向こうの少女が最後は一方的に告げると通話を切った。

「あっ、ちょっと。いきなり切るなんて……もう……」

 一人電話口に取り残された少女は見える訳もない相手を求めてかホテルの窓にふと目をやった。

 そこに広がっていたのは陽に暮れた夜の街。ガラスは暗く闇に溶け込んでおり、夜の街と少女自身の姿を写り込ませていた。

 窓に写り込んでいた少女の姿。その顔。いつの間にか眉間のシワは消え、頬も赤く丸く紅潮していた。何より口元は楽しげに丸く両の口角を上げている。

 少女は自身の自然な笑みをそこに見つけ、

「ふん……何笑ってんのよ、私……」

 慌てたように不機嫌に鼻を鳴らして目をそらした。

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