九、悪い友達 3
「困るッスね。こんなところに呼び出して――」
細い目を更に細めてその女子生徒は一見は能天気な笑みを浮かべた。女子生徒はけらけらとした笑みを浮かべながら、少々だらしない崩した姿勢で立っている。
いかにも気だるげに肩に持っていた引っ掛けるように持ったカバン。スカートのウエストから少々はみ出したよれたシャツの裾。そのスカートも丈を短くする為にウエストを折り曲げいるが、大雑把に折っているのか裾はやや斜めに角度が着いてしまっている。足下のスニーカーはかかとが履き潰されており、その足をいかにもリラックスした様子で軽く開いて少女は立っていた。
『生徒会室』とプレートの出ている部屋で、いかにも校則や規範にそぐわない姿でその女子生徒は目の前の男子生徒に軽薄な笑みを向けてみせる。
「自分には一番似合わない場所ッスよ」
何処か真意を掴ませないいつもの細い目の奥で、速水颯子はそれでもその目を光らせた。
「こっちは忙しい身だからね。呼び出して悪いかと思ったけど、そこはたまには権力を使わないとね」
その目をこちらも心の奥底を笑みで隠した男子生徒が見つめ返す。
男子生徒は襟の先まで糊がぱりっと効いたシャツで女子生徒を見上げた。
男子生徒は生徒会長と書かれたプレートの置かれた席に着いている。指を組んだ腕を机の上に置き背筋を伸ばして生徒会長はイスに座っていた。
役職相応の緊張感と清潔感を漂わせながら、それでいて慣れた様子でその男子生徒は生徒会長の席に座っていた。
「『たまには』ッスか?」
速水の更に小馬鹿にしたような軽い笑みで応える。
「そうだよ。何かおかしいかな?」
生徒会長がやはり満面の笑みで聞き返す。
「てっきり生徒会長の権力を利用して、〝ささやく〟のに適当な生徒の情報を、日々漁ってるかと思ってたッスよ」
速水はやはりけらけらとした軽薄な笑みで答える。
「はは、確かに。だけど直感の方が先に来るよ。例えば君を見つけた時のようにね」
「自分ッスか? 魔法少女様と同じクラスの生徒を、たまたま声かけただけと思ってたッスよ」
「他の二人はそうかもね。同じくクラスじゃなかったら、確かに見送っていたかもね。君程興味深い生徒は他に居なかったかな」
「褒めても何も出ないッスよ。で? 何用ッスか?」
速水は更に軽薄さに拍車をかけて目を細める。
「桐山彼恋さんはどうしてるかと思ってね」
「何で自分に訊くッスか?」
「おや? 友達だと思ったけど」
生徒会長が片方の眉をくっと上げて訊けば、
「お友達ッスよ。電話もメールもする仲ッス」
速水が両の眉を上げて答えた。
「……」
「……」
二人は別々に作った笑みでしばし無言で微笑み合う。
「君と彼恋さんの力は貴重だ。他の三人と比べても、あの魔法少女に勝てる確率が高いと思う」
「他の〝四人〟ッスよ」
速水の姿がその声とともに一瞬で消える。
「……」
生徒会長は突然速水の姿を見る見失うが特に驚いた様子も見せずに黙って視線をそのままにした。
「違うッスか?」
再び現れた速水はその手にパイプイスを持っていた。話に興が乗って来たのか速水はそのイスを背もたれを前にして開いた。短いスカートから大胆に太ももがのぞくのも気にした様子も見せず、速水は足を投げ出すように組んで横向きに座る。
「違わないね。確かに、僕の力は大したことない。君達と比べたら、何ができるという訳でもない」
「謙虚ッスね。流石生徒会長様ッス。自分には、真似できないッスよ」
速水はその軽い笑みを浮かべたアゴを背もたれに乗せてだらしなく背筋を曲げる。速水の足先でかかとが潰れたスニーカーがぷらぷらと揺れた。
「ありがとう。褒められても、何も出ないよ」
「お茶もでないッスもんね」
「失礼。皆、出払っていてね」
「皆がいない時を見計らって、自分を呼んだはずッスよ。別に、要らないッス。生徒会長の淹れたお茶とか、いかにもくそ真面目でマズそうッスから」
「そうかい……」
そう応えながらも生徒会長は席を立つとその姿をこちらも一瞬で消した。
「そうッス。そうそう、彼恋っちたら、ひどいッスよ。せっかくの甘々ソフトクリームを、めちゃくちゃマズくしたッスよ」
「……」
生徒会長室の入り口近くに移動していた生徒会長が急須をそこにあった棚から取り出す。
「あれが、彼恋っちの力ッスよね?」
「そうだよ」
「ふふん……自分に期待するよりは、あの娘に期待した方が色々といいんじゃないッスか?」
「そうだね」
いつの間にか己の席に戻っていた生徒会長。その手に持っていた湯のみを机に置いて速水にお茶を差し出した。
「要らないって言ったッスよ」
速水はそう口にしながらも湯のみに手を伸ばした。
「君の機嫌を取らないとね」
「そうッスよね」
速水は応えながら湯のみに口を持っていく。
「自身の力は大したことない、もう一人は遠方に帰ってしまってる――」
「……」
無言で見つめ返して来る生徒会長にやはり軽薄な笑みを向け、
「気分屋がノってくれないと、色々と――マズいっすからね……」
速水は口をつける前からいかにも不味いと顔をしかめながらお茶をごくりとノドの奥に運んだ。