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九、悪い友達 1

九、悪い友達


「あの娘はどうだった? 元気していたか?」

 穏やかな陽が射し込む窓側の部屋で老人は穏やかに口を開いた。

 初老の男性。仕事を引退し今は籐細工のイスにでも座って人生のご褒美の時間を楽しむ。そんな風景がよく似合いそうな老いを受け入れ始めた男性。人生の幸せな軌跡を笑い皺として刻み、苦い思い出をシミとしてにじませるかんばせをした老人。

 実際の老人は木製のイスに座りやはり木製のテーブルに向かっていた。

 陽光に光るそのイスとテーブルはそこに彫り込まれた彫刻とともにそれが高級品であることをさりげなく周囲に告げている。

 老人は慣れた様子でそのイスに腰掛けていた。

「別に……変わりませんでしたわ……相変わらず、バカで、無神経で、自分のことしか見えていませんでした」

 その老人とテーブルを挟んで少女はカップを口に近づけながら応えた。

 特徴的な少々吊り目な目がそこから立ち上がる湯気に目を細める。

「……」

 老人は少女の答えに納得いかなかったようだ。

「……」

 少女はカップに一口口をつけるとそこから立ち上がる湯気を煙をくゆらせるように揺らした。揺れる湯気越しに少女はカップを見つめる。そこにたゆたっていたのは紅茶の琥珀色の水面みなも。そしてそこにわずかに写り込み揺れる少女自身。

 少女は自身を見つめて黙り込み、

「……」

 老人はそんな少女を見つめてやはり口を閉ざして待つ。

「そうか……元気ならそれでいい……」

 老人はそれ以上の答えを諦めたようだ。自ら口を開くと自身の前に置かれていたカップに手を伸ばしてそれを口元に持っていく。

 老人のカップも少女のそれも細やかな装飾が施されている。

 窓は大きく存分に陽光を取り入れながら、その窓の向こうには隣家のようなものが全く見えない。窓の外に広がるのは手入れの行き届いた庭園で、見渡す限りにその緑が続いている。彫刻の刻まれた上質な木製のテーブルとイスを並べた部屋も質素ではあるが手入れの行き届いた清潔さを見せつけている。

 紅茶も高級品のようだ。

 少女は満足げにカップの中身をもう一度ノドの奥に運ぶ。

 少女は今の会話が気に入っていないのか一度も老人の方を見なかった。

「あれはろくに電話も寄越さんからな」

 老人は少女のその様子にカップを下ろしもう一度自ら口を開いた。

「バカですから。電話の使い方も知らないんです」

 少女は紅茶の香りを味わう為か、それとも目を合わせるのを厭うたのか目を閉じたままカップを揺らした。

「仮にも自分の姉だろう。もう少し姉妹仲良くできないか」

「姉じゃありません。百歩譲っても従姉です」

 少女は目をつむったまま答える。

「そこは百歩譲らなくっても、いいんじゃないのか」

 下ろされたままの老人のカップ。老人は話に意識を集中させているのかそれを持ち上げるでもなく持ち手で持って揺らしていた。

「あんなバカと、血がつながってるなんて……まともに認めたくありません……」

 少女はその吊り目できっと老人を見つめ返した。

 よく似た吊り目がそれでいて笑い皺で柔和に感じられる目がその少女を見つめ返す。

「ようやく、こっちを向いてくれた」

「ふん……」

 老人の意図につられたことを知り少女は不快げに視線を伏せ横に流す。そしていかにも不満げに鳴らされた鼻息とともに少女はもう一度老人から目をそらした。

「そうだな。お前に会うのも久しぶり。姉の話ばかりでは、すねてしまうのも仕方がない。悪かった」

「別に、すねてなんかいません」

「そうか? どうだ? 高校にはいく気になったか?」

「何度も申し上げてます。高校なんて、無駄です。お爺様が入学だけでもと懇願なさるから、試験だけは受けて合格しておきましたけど」

「入学の手続きに走り回されたな。本人はまるで入学する気もないようだったからな。今からでも遅くない。高校に籍自体はあるんだ。普通に高校に通う気はないか」

「別に。向こうの大学の試験を受けて、時期が来たら飛び級で通うつもりですから」

「高校生活には高校生活の人生で体験しておくべきことがある。ワシはそう思うがな」

「それは家族と離れて一人孤独に高校生活を送っても――ですか?」

「友達ができたと言っておったが。三人かな。悪い友人じゃないといいが」

「ふん――」

 少女は何かを思い出したのか一度深く目をつむってから言葉を続ける。

「知りません……あの娘も……あの娘の友人関係も……」

「そうか。またあの娘の話に戻ってしまったな。今はお前の話。おお、そうだ。いっそのこと、あの娘の高校に転入したらどうだ?」

「――ッ!」

 少女が唐突に席を立った。それは怒りのあまりにようだ。少女は決して高くはないその背丈で座っている老人を見下ろす。

「心外か?」

「ええ……失礼……友達から電話が……」

 少女はそうとだけ告げると履いていたスカートのポケットに手を突っ込んだ。そこから着信音を告げ始めている携帯電話を取り出す。

「何? 私はもうこっちに帰ってきてるの。言ったでしょ? 電話もらっても、何処にも遊びにいけないわよ。はぁ? 何が『声が聞きたかっただけッスよ』よ? バカなのあんた」

 少女は電話に答えながらなるべく聞かれないようにか老人に背を向けた。

 老人はそんな少女の背中をしばらくじっと見つめ、

「こっちにも、友人ができたかな……」

 満足げにうなづきながら持て余すように持っていたカップに再び口をつけた。

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