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八、生徒の鑑 22

「ふふ。堂々としたもんだね」

 その三年生男子は誰にでも好かれそうな柔和な笑みを浮かべた。

 男子生徒は幾つか集められてテープル状に並べられた机の一角の席に着いていた。何人かで協議ができるように普通の教室の机をこのように並べたらしい。

 その机の上に置かれていた白いものが笑顔の主とともにまぶしいまでに光る。光ったのはいかにも安価なプラスチック製のネームプレート。それはよく磨かれているのか放課後らしき日差しの陽光にその光を反射した。

 実際に白いネームプレートに表示されていたのは名前ではなく肩書きだった。『書記』や『会計』など、役職らしき肩書きが寄せ集められた机の上にずらりと並ぶ。どうやら生徒会室らしい。

「正面から取材を申し込んで来るなんてね……」

 その生徒会の肩書きの中の一つ――『生徒会長』と書かれたネームプレート。それを胸の前にちょうど置くように座り、その肩書き通りの生真面目な笑みで男子生徒は顔を見上げた。

「何か言いましたか?」

 その表情をカメラのファインダーでとらえながら、宗次郎はピントを合わさんと掴んでいたレンズを回す。

 宗次郎の手の中で相手の顔をとらえたレンズがずいっと前に突き出された。

「いや、堂々としたカメラだねって思ってね。流石新聞部の取材だ」

「どうも、どうも。新聞部の取材ですよ。どうぞ、生徒会長の普段の姿を知りたいんで。気になさらずに、〝いつものように〟お仕事に勤しんで下さい」

 宗次郎はいつものポケットからでも取り出せる自分のカメラではなく、レンズを目的に合わせて換えられる大型のカメラを構えていた。そのカメラには新聞部のラベルが貼られており部活の備品であることが知れた。

 宗次郎の右腕上腕部には『PRESS』と印字された腕章が巻かれている。

「『いつものように』かい?」

 生徒会長はレンズに向かって柔らかく両の口角を上げてにっこりと微笑む。だが同じく柔和な形に曲がった目の奥で瞳に鋭い光が宿る。

「ええ。普段の――素の生徒会長をお願いします」

 その光に気づいたかのように宗次郎は体ごと半歩前に出て更にレンズを突き出した。

「そんな大きなレンズで、接写しても写らないんじゃないのかな?」

「マクロレンズってやつですよ。ご心配なく。単なるズームレンズとは違います。その分ピントと手ぶれには注意って感じのレンズですけどね」

「人の顔を撮るのに、そんな大げさなレンズが必要なのかい?」

「ほんの些細なことも見逃したくないんでね」

「ほう……」

 生徒会長の目が鋭く細まった。

「……」

 宗次郎がその一瞬を見逃さずにシャッターを黙って切る。

 だが宗次郎の指がシャッターに沈み込んだ瞬間に生徒会長の目は元の柔和のものに戻っていた。

「急に撮らないで欲しいかな」

「いやいや、いつもいつも生徒の鑑らしい、いい笑顔っすね……」

 宗次郎が片頬をこれでもかと吊り上げて皮肉な笑みを浮かべてみせる。

「『生徒の鑑』ね。確かに見てくれも大事だからね。毎日鏡に写して、身だしなみをチェックしてるよ」

「じゃあ、写真写りも心得たもんでしょ?」

 宗次郎は今度は連続して何度もシャッターを押した。

「どうかな? 流石に毎日、写真には写らないよ」

「あっちこっちに〝移ってる〟くせにですか? いく先々で、写メに狙われるでしょう?」

 宗次郎は自身も体をあちこちに動かして色々な角度から生徒会長の顔を撮っていく。

「そんなに毎日『移ってる』自覚はないけどね」

「ご冗談を……」

 宗次郎がカメラをようやく目の前から下ろした。

「……」

「……」

 直に視線を交えさせ、宗次郎と生徒会長はしばし無言で睨み合う。

 沈黙が生徒会室を支配した。宗次郎の肩にかけられていたカメラ用の肩掛けストラップ。その先に吊るされたカメラだけが、その大きなレンズを自然に震わせて静かに音を立てて揺れていた。

 先に口を開いたのは生徒会長だった。

「写真だけでいいのかい?」

「いいえ、まずはそうですね。昨日の異常気象。現場に居ましたよね? どう思いました? ああ、こっちももう録ってますんで」

 宗次郎は今度はポケットからボイスレコーダーを取り出した。元から録音のスイッチは入っていたらしい。そのことを了承させる為にかそのボイスレコーダーを宗次郎は生徒会長に軽く振りながら見せた。

「『どう』って? どうもこうも。相手は異常気象。それは生徒会長でも、どうすることもできないよ」

 録音されていることに気にした様子も見せず生徒会長は机で指を組んでその上にアゴを乗せた。

「そうですね……で、これからどうする気ですか?」

「それこそ、どうもこうも。不安に思っている生徒が居れば、フォローぐらいはするよ。後はなるべく早く君達の教室が使えるように、先生方に陳情するぐらいかな」

「不安な生徒の耳元に、心配ないと〝ささやく〟んですか?」

「別に普通に話を聞くよ。僕だって、誰彼構わず〝ささやく〟気にはならないね」

「……」

「……」

 二人はもう一度視線を無言でぶつけ合う。

 今度は長い時間が流れ、今回もやはり生徒会長から口を開いた。

「質問はそれだけかい?」

「ええ。少なくとも当面訊きたいことは、聞かせて頂きました」

 宗次郎はボイスレコーダーのスイッチを切って身を振り返らせた。そのまま出口へと歩いていく。

「桐山さんの妹さんは――」

 その背中に生徒会長が不意に声をかける。

「……桐山妹が……どうかしましたか……」

 ドアのところまで来ていた宗次郎がゆっくりと振り返る。

「おや? 怖い顔だ。『桐山』の名前は、出さない方がよかったかな?」

 まだ指を組んでいた生徒会長はその指を今度は口元に持って来た。それで生徒会長の口元が見えなくなる。

「別に……クラスメートのことは心配ですからね……で、会長さんが、その妹の方を気にするのは何でですかね?」

「いや、どうしてるかと思ってね……」

 顔の下半分を隠した生徒会長が宗次郎を探るように見上げる。

「……」

「あんなことに巻き込んだからね……」

 生徒会長が軽くアゴを引いた。

「妹さんと向き合うのは――」

 こちらを探るように見ていた目と入れ替わるように見えた生徒会長の口元。

 指の向こうに見える隠そうともしていない歪んだ笑みをその口は浮かべている。

 その笑みに不快げに目を細め、

「お姉ちゃんの仕事ですよ……」

 宗次郎はドアの向こうに消えた。

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