八、生徒の鑑 21
「で、速水は? どんな感じだったって?」
宗次郎がずずずとうどんをすすり上げながら訊いた。
生徒でごった返す学生食堂。湯気を立てる丼から白い麺をすすり上げながら、それでも宗次郎は自身では真面目な顔をしたつもりらしい。宗次郎は目に力を入れ己の真剣さを知らしめる為にか、そのままぐっと前に身を乗り出した。
宗次郎は続けてノドの奥にうどんを送り込みながら目の前に座る女子生徒二人を目を細めて見る。
「うどん食べるか、質問するか。どっちかにしなさいよ」
そんな宗次郎に花応が苦虫をかみつぶしたような顔で応える。花応は宗次郎の目の前の席に座って己のお昼を広げていた。
その花応の手元にある手作りのサンドイッチ。右手は変わらず包帯が巻かれているが、簡単な弁当ぐらいは作れるようになったようだ。
「気になるだろ? すぐに知りたいだろ? うどん食いながらぐらい、勘弁しろよ」
「いつも通り暢気に遅刻してるあんたが悪いんでしょ? 肝心な時に居ないなんて、ホント役に立たないわね」
花応のサンドイッチに隣に席に座っていた雪野がそっと手を伸ばして来た。その雪野の手をぴしゃりと打ち、花応は更に頬を膨らませてみせる。
「あんたも、何やってのよ?」
「いやあ、せっかくのお昼なのに。ぎすぎすしてるなと思ってね」
雪野が尚もそっとサンドイッチに手を伸ばしながら答える。
その後ろを他の生徒がじろじろと遠慮もなしに見ながら通り過ぎていった。さして広くもない学生食堂は確かに座っている他の生徒を意識せずには歩けない。だが多くの生徒が雪野を見て、そして花応を見て通り過ぎていく。
「るっさい」
花応がもう一度雪野の手をぴしゃりと打つ。
雪野はくすっと笑って手を引っ込めた。
その代わりにちょうど後ろを通り過ぎていた生徒がびくりとその様子に体を震わせた。
「だから、速水の様子を教えろよ。俺はマジ遅刻して、朝一番の様子は知らねえし。教室移動ばかりで、休み時間はろくに何かするヒマもなかったし」
「『マジ遅刻』してるから悪いんでしょ?」
「言ってあげないであげて、花応。河中から遅刻を取ったら、何も残らないわ」
「そうね」
雪野の言葉に花応が構ってられないと言わんばかりにサンドイッチを頬張った。
「いや、残るから! 俺だって、色々残るからな! てか、一応遅刻しないで教室には着いたんだよ! チャイムと同時に、教室にぎりぎりには滑り込んだんだって! できれば見せてやりたかった。誰も居ない教室に、呆然と立ち尽くした俺の姿を!」
宗次郎がうどんを次から次へとノドに送り込みながら力説する。
「知らないわよ。こんな非常時に、暢気に遅刻して来るあんたの神経を疑うわ」
「こっちにだって、都合があるんだよ」
「まあまあ、花応。速水さんは、そうね。良くも悪くも、いつも通り。朝からちょっかい出して来たわ。多分登校一番に私たちをからかう為に、教室で待ってたんだと思うけど」
雪野が自身のお弁当に箸を伸ばした。
その雪野の後ろをまた生徒の一人がじろじろと見ながら通り過ぎていく。
「そうかよ。てか、注目されてんぞ、優等生」
「あら、私? お嬢様の方じゃないの?」
「何で、私なのよ?」
雪野の返しに花応がぶすりと応えた。
「異常気象のせいとはいえ、教室の窓から二人とも飛び降りて無事だからな。皆注目もするだろうよ。ああ! あの異常気象! 新聞部の記事に間違いなくなるんだけど、どうすんだよ? お前ら二人ともの校舎ダイブからの生還! 勿論俺が取材して書くってことになってんだけどよ! どう書けっちゅうんだ?」
「私は飛び降りたら〝たまたま謎の小爆発があって〟その風圧で無事でした」
「私は飛び降りたら〝たまたま謎の野鳥がいて〟その体に掴まって無事でした。はい、取材終わり」
「全部怪しいっての! ああ、もう! 俺が入部以来培って来た信頼がぱぁだよ!」
宗次郎がヤケになったように残りのうどんをすする。
「知らないわよ」
「そんな非科学でいいのか、科学の娘?」
知るまで飲み干した宗次郎がドンと音を立てて丼をテーブルに戻した。
「別に。たまたま謎の野鳥が居たのは、確かに非科学な程偶然だけど。それに掴まって何とか重力に逆らって落ちて来たのは、一応非科学じゃないし。便利な野鳥も居たものねってな感じなだけよ」
花応がサンドイッチを食べ終わり、素知らぬ顔で包んでいたランチクロスを折り畳む。
「ぐ……おまえな……」
「まあ、そこはあれね、河中。そこだけは、速水さんを見習って、早く終わらせることね」
雪野も食べ終わった弁当箱を片付け始める。
三人はそれぞれの食事の後をひとまず脇にどけながら、お互いの身を乗り出した。
「それだよ、速水だよ。あいつの力、本当にスピードなのか?」
「何よ、? 今日も朝、雪野がしてやられてたわよ。速水さんのスピードに」
「別にしてやられてないわよ、花応」
「見た感じ、雪野より速水さんの方が早かったけど? もう目にも止まらないって感じで」
「『目にも止まらない』んなら、花応には見えてなかったんでしょ? 私はちゃんと目で一応は追えたもの。確かにスピードは速水さんの方が一枚上だっけど、私別にしてやられてはないもの」
「はいはい」
「いや、だから。そんな話じゃなくってな。生徒会長の一瞬で移る能力も含めて、色々と確かめた方がいいんじゃないかって話だよ」
宗次郎が女子二人で話し出した花応と雪野の注意を引くべくか、更に身を前に乗り出した。
「人の妹の利き手も見間違う新聞部のエース様の観察眼で?」
花応が意地悪げに目を細めて宗次郎を見返す。
「そんな大事な初日から、いつも通り遅刻して来る頼りがいのある男子生徒に?」
雪野も同じような目で宗次郎を見る。
それと同時に学生食堂にチャイムが鳴り響き出した。お昼休みの終わりを告げる予備鈴らしい。花応達の周りの生徒がそれぞれに席から腰を浮かし始めた。
「分かった! 分かったよ! とにかく! 俺は取材にかこつけて、速水と生徒会長の周囲を洗うからな! 桐山はもう一度、妹としっかり話しろよ!」
宗次郎が丼を手に勢いよく立ち上がる。
花応も席から腰を浮かしながら、
「分かってるわよ……」
宗次郎の言葉にぷいっとそっぽを向きながら応えた。