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八、生徒の鑑 19

「今日ぐらい、休んでもよかったと思うけど、花応」

 翌朝。陽が昇り始めた通学路。花応は雪野と通うようになった大通りを真っ直ぐ歩いていた。

 花応達の周りを時に追い越したり戻って来たりしながら他の生徒がはしゃぎながら登校している。皆が昨日の急な休校の話題に触れていた。

 皆が突然の異常気象ということにあまり納得がいっていないようだ。疑心と不安を紛らわせるように互いにふざけ合いながらそのことを次々と口にしていた。

 だがその様子はやはり己自身のふざけた口調に乗せられて何処か明るい。異常気象の疑問も会話の糧としてこの状況を多くの生徒はひとまずは受け入れおふざけの一つにしているようだ。

 そんな生徒の流れに身を任せながら、一人真剣な顔をした花応は雪野に声をかけられた。

「休む訳ないでしょ? あれぐらいで」

 花応は前を向いたまま応える。歩みとともに視線も真っ直ぐ前に向けているが、その視線は何処か伏せられ気味だった。

 緊張の表れか花応の口元はすぐに固く閉ざされる。目の下の隈こそなくなっているが全体的に気疲れを感じさせる顔色だった。

「……」

 そんな花応を雪野が黙って見つめながらしばらく並んで歩く。

「前……見てないとこけるわよ」

「ご心配なく、花応。魔法少女様は、人並みはずれた運動神経を持ってますから」

「ふん……自分で言ってりゃ、世話ないわよ……」

「おっ。一晩経って、少し調子が戻って来た?」

 雪野が両の口角を吊り上げてやや意地悪げな笑みを向ける。その笑みは作ったものだったのか、口角はわざとらしいまでにえくぼを作って上がっていた。

 花応と雪野の周りには相変わらずはしゃぎながら生徒が通り過ぎていく。雪野も生徒達も何処か大げさだ。昨日の不安を吹き飛ばし、今日から日常に戻ろうとしているのだろう。皆がわざとらしいまでに大げさな仕草で登校時の会話を楽しもうとしているようだ。

「……」

 花応は雪野の言葉にも笑みにも応えない。

「あら。まだダメみたいね」

「うっさい……」

 雪野の笑みにも、周りの生徒の歓声にもほだされず、花応は前だけ見て歩く。

 その花応の視界に校舎が入ってくる。いつもと変わらないはずの校舎の一角に、窓ガラスの代わりに段ボールが貼られているのが遠目に見えた。

「散々泣いたのにね」

「泣いてないわよ」

「あんなに目を腫らしてたのに?」

「む……少なくとも……あんたの前じゃ泣いてないわよ」

 花応がぶすっと漏らすように答える。

「そうね。あっ! それとも彼氏と二人きりの方がよかった? 思い切り甘えられたのに、私お邪魔だった?」

 雪野のわざとらしい意地悪げな笑みがこの時ばかりは自然なものに取って代わる。

「あんたね。しつこ過ぎ」

 花応がようやく雪野の方を見る。花応は怒っていることを伝えようとしたのか、大きく頬を膨らませて雪野に振り返った。

「あ、やっとこっち見た」

「ふん」

 いつもと変わらない自然な笑みに迎えられて花応はすぐに前に視線を戻す。

「まあ、彼氏かどうかはともかく。ああいう時、男子はダメね。おろおろしてただけだったし」

「別に、おろおろしてたようには見えなかったけど」

「そう。心配で心配で堪らないのに、こんな時、女子とどう接していいのか分からない感が、河中からはいい感じでにじみ出てたけど」

「知らないわよ……てか、あいつ生徒会長のことは任せろとか言ってたけど、大丈夫なの?」

「あら、やっぱり心配、花応? まあ、こっちも向こうも無茶はしないと思うけど」

「別に、心配なんてしてないわよ。あのバカはあのバカで、勝手にやるんでしょ?」

 雪野は何処までもにこやかに。花応は何処までも不機嫌に。二人は校門も見え始めた高校へと向かう。

「ふふん」

「何よ、雪野? さっきから気持ち悪いわね」

「別に。昨日の今日でかなり落ち込んでると思ったけど、割にしっかりしてるなって思ってね」

「私は前か『しっかりしてる』わよ」

「そうかな? 一週間前までの花応なら、もっと近寄らないでって――ていうダメな娘な雰囲気出してたと思うけど?」

「うるさいわね……」

「天草さんの件から、よく考えたらまだ一週間ね」

「そうね。もう二年も前のことにように思うわ」

「花応はこの一週間で随分印象が変わったわ」

「知らないわよ。しっかりしてるのなら、前からって言ってるでしょ」

 花応が変わったことを認めたくないのかぶすっと顔をそらす。

「あら、そう?」

「そうよ」

 二人は校門にたどり着いた。他の生徒達と同じように二人して校門をくぐる。

 やはり入ってすぐに気になったのか、二人は期せずして校舎を同時に見上げた。

 二人が見上げると同時に、臨時処置的に貼られた段ボールが内から勝手にめくられた。

 そこから細い目をした女子生徒がにやけた笑みを向けて来る。

「もっと〝しっかりしてる〟人がこっち見てるわよ」

 雪野のその急に調子を落とした言葉に、

「……」

 花応は目の奥を憎悪めいた光に満たしながらこちらを見下ろす速水颯子を睨み返した。

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