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八、生徒の鑑 17

「やあ、怪我はどうかな?」

 その男子生徒はイスを後ろに引くとまずは相手を気遣うようなことを口にした。男子生徒は自ら引いたベッド脇のイスに腰をかける。いかにも帰宅の途中という感じの制服に学生カバン姿。

 その男子生徒をまずは迎えたのは憎悪の瞳だ。

「あん……」

 男子生徒に苦々しげに答えて小金沢鉄次は目を剥いてみせた。生徒会長が横に座るに合わせて小金沢は対抗するかのように上半身だけ力ませながら身を起こす。

「怖いね。せっかくお見舞いに来てあげたのに」

「はん! 生徒の鑑らしい白々しいセリフだな。生徒会長さんよ。基本静かだからな。〝ささやく〟のも楽だろうぜ」

「どうも。しかし、病院ってのは落ち着かないね」

 そう。小金沢の見舞いに来ていたのは〝ささやく〟生徒会長だ。

 生徒会長は周囲を見回す。白を基調にした色合いが目に否が応でも目に飛び込んで来る。シーツの白。枕カバーの白。カーテンの白。清潔さを旨として全てをその通り実践していることを表すかのようなまぶしい白が目に飛び込んで来る。

 確かに病院の一室のようだ。一人部屋でベッドが窓際に設えられている。小金沢がそこで上半身だけ起こして生徒会長を睨みつける。

 小金沢の背後の窓の向こうに広がるのは高い空だ。他の建物の姿は屋根しか見えない。高層な建物の中の最上階に近い部屋なのだろう。大病院の中の個室。そこに小金沢はいるようだ。

「落ち着かねえかよ? てめえと同じで、白々しいからだろ?」

「そうかもね。白の強迫観念みたいなみのを感じるよ」

 生徒会長は目を弓なりに細めて少し前に身を乗り出した。

「……」

 小金沢がその動きに目に思わずにかわずかに後ろに下がるように身じろぎした。

「おや、嫌われたかい?」

「好かれてるとでも、思ってかよ?」

「良かった。嫌われていただけなんだね。てっきり、怯えられたかと――思ったよ」

 生徒会長の片頬が挑発的にくっと上がる。

「あん! 何で俺がてめえをビビんだよ!」

 小金沢は剥いた目を目尻が裂けんばかりに更に剥き手元の白いシーツを力の限り握りしめた。

「僕にはまだ力があり、君にはもうない」

「社会的な力なら、俺の方が上だっての!」

「お父さんのね」

「違うかよ! この街の中じゃ、桐山より身近で上だっての!」

「確かに。大した怪我でもないのに、大げさな一人部屋だ。よほど甘やかされてると見てとれる」

「ああん……」

 小金沢は目だけでは歯も剥いてみせた。憎悪のありったけを吊り上がっていくまぶたと口角で表さんとしてか、小金沢は紅潮し切っている頬に痙攣させる勢いで力を込める。

「だが、何より……僕は〝ささやく〟ことができる……」

 そんな敵意剥き出しの視線を平然と受け止め生徒会長が静かに口を開く。

「な、何だよ……」

 小金沢の頬からゆっくりと力が抜けていく。代わりにその手に込められた力は増すばかりだった。

「君は確かに僕に怯えた。それは怪我をさせられるとか、身体的な脅威に対してではない。違うかい?」

「何が言いたい……」

 小金沢の額から汗が一筋すっと流れ落ちた。

「冷や汗かい?」

「日差しのせいだよ。窓際だからな」

 小金沢が顔を左右に振った。頬まで落ちていたその汗は最後は小金沢のアゴ先からシーツにほとばしり落ちた。

 シーツに落ちた汗が一つの黒いシミを作る。

「いや違うね。君は僕を怖がってる……」

「何を……」

「違うかい?」

 生徒会長が不意にシーツを引いた。強引ではあるが無駄な力みのないその仕草で小金沢の手からシーツがはぎ取られる。

「な……」

「ほら、汗だくだ……手の平に汗までかいて、君は僕を恐れている」

 先についたシーツの黒いシミ。それを倍する勢いで広がっているシミが小金沢の手の中にあったシーツから現れた。

「だったら、何だ……あっちこっち移ってるだけのてめえが、俺に何かできるのかよ……」

「そうだよ。僕は、うつ――」

「だから、何だ! 何しに来やがった? ああ!」

 生徒会長の言葉に途中で割り込み、小金沢がまくしたてた。その手元では小金沢がもう一度シーツを握りしめていた。それでかりそめの勇気を掴んだかのように小金沢はまくしたてる。

「言ったろ? 僕は〝ささやく〟ことができる。しかも何度も……君自身が証明してくれた……」

「あん……だから、なん――」

「だから君は僕を恐れている。また〝ささやか〟れるんじゃないかって……」

「――ッ! 上等じゃねえか! やられっぱなしは――」

「性に合わない?」

「当たりま――」

「本当かい?」

 自身の言葉が遮られた仕返しをするかのように生徒会長は何度も小金沢の言葉に割り込む。

「な……」

「もうこりごりなんだろ?」

 そして絶句する小金沢に更に顔を近づけた。

「なっ……」

「君は僕を恐れた。間違いないよ。いや、違うかな? 君はもう一度僕にチャンスをもらうことを恐れた。うん、多分そうだね。そのことを確かめたかっただけだよ」

「何だよ……」

「『怪我をしたことのない奴に限って他人の傷を馬鹿にする』――そういうことだよ。僕だって『怪我をしたことのない奴』さ。だから君を見にきた。誇りを折られた君をね」

 生徒会長は興味を失くしたかのようにすっと立ち上がる。

「な……」

「じゃあ」

「おい! こら、待て!」

 くるりと振り返り背中を見せた生徒会長に、小金沢はもう一度目を剥いてみせた。

「気にしないでくれ。千早さんにも言ったけど、『美しい暴君』にはやっぱりなりたくない。だけど――」

 生徒会長はその足で出口に向かう。

「待てって、言ってんだろ!」

 そして歯ぎしりまでし出して目を剥く小金沢を後に残し、

「『気高い悪党』にはちょっと憧れるからね。じゃあ、『呪われた聖者』でも相手してくるよ」

 生徒の鑑らしい爽やかな笑みを見せて振り返ると生徒会長はドアの向こうに消えた。

今回作中『』内は引用です。

引用元参考文献『ロミオとジューリエット』シェイクスピア作平井正穂訳(岩波書店)

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