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八、生徒の鑑 16

「じゃあ、とりあえず。まずは科学的にいこうか? 科学の娘さんらしく」

 宗次郎がペットボトルに一口口をつけるとそう切り出した。

「何の話よ? あんたが科学的だなんて言葉、まともに使えるの?」

 自身の得意な言葉が含まれた宗次郎の提案に、花応がぶすっと頬を膨らませて振り返る。

「別に。サイエンスな感じじゃなくって、当たり前に考えってことだよ」

「だから、何よ」

「情報が必要だっていってるんだよ」

「その情報をどう科学的に集めるってのよ?」

「河中の言いたいこと分かるわよ。私も提案したもの」

 雪野が更に頬を膨らませた花応を横目に宗次郎に向かってうなづく。

「何よ、二人して?」

「桐山。あの娘は妹なんだよな?」

「そうよ……義理のだけど……」

 膨らませた頬をすっとしぼめ花応が少し後ろに身を退いた。

「それは関係ないでしょ、花応」

「そうだけど……」

「だったら、まずは普通に電話しろよ? 本人に訊くのが一番だろ?」

「なっ……」

「何だよ。何か俺、皆が思いつかないようなこと言い出してるか?」

 軽く睨み返して来る花応に宗次郎が大げさに首を捻ってみせた。

「で、電話は……」

 花応は睨んだ目をすぐに自信なげに揺らし泳がせながらそらした。

「花応。言ってる場合じゃないでしょ。ほら」

「ペリ。電話してみるのが一番科学的ペリよ」

 雪野の言葉に脇に控えたジョーが大きくうなづいた。

「あんたみたいな、不思議な生き物に! 言われたくないわよ!」

「ジョーは、不思議生命体ペリ。不思議でも何でも、分かることペリ。電話するペリよ」

「ぐ……いつか、生きてるのが不思議生命体にしてやる……」

 花応はそう苦々しげに呟くと、

「かければいいんでしょ! かければ!」

 スカートのポケットから携帯を取り出した。



「はいはいッス! こちら吊り目可愛い不貞腐れ妹ちゃんの携帯ッスよ!」

 細い目を楽しげに更に細めて速水が携帯を耳元にあてた。屋外のようだ。その速水の耳元の髪を風が軽く撫でた。

「な……何であなたが、この携帯に出るのよ?」

 速水の耳元の携帯から少女の声が漏れ聞こえる。速水の頬からわずかにのぞいた携帯の表示からは『花応』の文字が見えていた。

 だが実際の声の主は違っていたようだ。

「その声は、千早さんッスね! そっちこそなんでッスか? 着信はお姉さんの名前を表示してたッスよ!」

 けらけらと笑うように軽い口調で速水が相手の名を当てて答える。だが速水のその弧を描いていた細い目は、その軽薄な口調とは別にすっと鋭い一本線を描き直していた。

「花応が電話のかけ方が分からないって、最後まで言い張ったからよ。彼恋さんが出たら、代わるつもりだったのよ」

 雪野のその言葉の後に何かものがすれる音がした。どうやら携帯の口元を覆い皆に状況を説明したらしい。

「手間のかかる科学っ娘ッスね! 科学の結晶ッスよ! 文明の利器にして、女子の武器ッスよ! 携帯ぐらい、使いこなして欲しいッスよ!」

「花応には、花応の事情があるの」

「電話が怖いからッスか? 妹とコミュニケーションとるのが、そんなに怖いッスかね!」

「あなたね……」

「それより、何用ッスか? 妹ちゃんは、今トイレッスよ。どっちの方か知らないッスけど。ああ、ついでにソフトクリーム頼んでおいたッスよ」

 速水がそう応えると周囲を見回す。石畳続く観光地の店先か何処かのようだ。速水は石畳の上に置かれた長椅子に腰掛けていた。

 一目で海外からと分かるような観光客を含め、ごった返すように人が行き交いしている。土産物屋が左右の路地に並ぶ古風な町並み。山を背景に立つ寺社仏閣が名所の観光名所らしい。

「『どっちの方か』なんて、どっちでもいいわよ。てか、何で一緒に居るのよ? 何で他人ひとの携帯勝手にとってるのよ」

「こちらに住んでる唯一の肉親が、まったく連絡すら寄越さないみたいッスからね。代わりに観光につき合ってたッスよ。せっかくの観光都市ッス。何も見ずに帰らせたら、地元民の恥ッスよ。いやぁ、さっきからおごられまくりッスよ! 何か買う度に、何でクレカが使えないのよ――って、お冠だったッスけどね! ああ、携帯は落とすとイヤなんで、置いてったッスよ。自分を信用するなんて――なんだかんだで、お嬢様ッスね! 桐山の家の姉妹は!」

「あなたね……本当に只の観光の付き合いなんでしょうね……」

「何でそんなこと訊くッスか? 違うに決まってるッスよ」

 速水が口元をくいっと吊り上げて答えた。見せる相手も居ないはずのその仕草に合わせて、すっと口調を落とした低い声で雪野に答える。

「な……彼恋さんに、何か――」

「何、他人の携帯勝手に出てるのよ……」

 荒げた声が再生され始めた携帯が速水の耳元から不意に取り上げられた。

 自分の携帯に勝手に出られていた少女が元から吊り目の目を更に不機嫌に吊り上げる。

 戻って来た彼恋は取り上げた携帯を不機嫌に一睨みする。そしてその手とは別の方の手にソフトクリームを二つ持っていた。

「遅かったッスね。あっちの方ッスか?」

 コーンの上にこんもりと盛られたソフトクリームに手を伸ばしながら速水は楽しげに目を細める。

「どっちの方よ……何、あの娘からなの……」

 彼恋は携帯のモニタに光を戻すやそこに現れた名前に更に不機嫌に目尻を吊り上げる。速水にソフトクリームを取られるがままにし彼恋は慌てたように携帯を耳元に寄せた。

「たくっ……遅いわよ……何処までグズなの、あの姉は……」

 そして何処か速水の視線から逃れるように彼恋は背中を見せて振り向く。

「違うッスよ。お友達が代わってかけて来たッス。光の魔法少女様ッス」

 彼恋からもらったソフトクリームを口元まで持って来て、速水が細い目を今度もことさら細めてみせた。

「はぁ?」

「本人がかける勇気がないから、代わりらしいッス」

 耳元に携帯を当てながら睨みつけるように振り返る彼恋。その目にけらけらと笑いかけながら速水はソフトクリームにかぶりつく。

「な……」

「甘いッスね!」

「……」

 彼恋が目元をぴくりと一つ痙攣させ、速水がかぶりついているソフトクリームを睨みつけた。

 その白く冷たいクリームの固まりに彼恋が憎悪の視線を送る。

「嫌だな、彼恋っち……」

 もう一口ソフトクリームにかぶりついた速水が不意に彼恋を見上げる。

「八つ当たりで、力を使うなんて――酷いッスよ……」

 速水はいかにもまずいと言わんばかりに口の中のソフトクリームを足下に吐き出した。

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