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八、生徒の鑑 11

「……」

 空になったコップを手の中で持て余すように持ち、雪野は見るとはなしにか底に残っていたジュースを見つめる。

 少しだけ先より陽の傾いた花応の部屋のダイニング。雪野は変わらず花応の居る部屋と続く廊下に背を向けてテーブルに着いていた。

 自分で注いだジュースを飲み干しそれでもまだ動きにならないのか、雪野はじっとテーブルのイスに座っていた。

「ベリ……」

 ジョーはその水鳥然とした体の肩を小さくすぼめ、廊下の向こうの閉じられたドアとテーブルに座ったままの雪野の背中を何度も見比べた。

「……」

 ジョーの視線にも雪野は振り返らない。その雪野の手元で携帯が着信を告げた。雪野はかかってくると分かっていたかのようにすっとそれを取り上げる。

「ああ、河中?」

 雪野が携帯を耳に当てるや口を開く。驚きも戸惑いもないその口調はやはり相手からの電話があることを予感していたようだ。

「おう」

 雪野の耳元から宗次郎の疲れたような声が漏れる。

 漏れる会話を聞こうと思ったのかジョーが静かに雪野の横に寄ってくる。イスに座ったまま電話に出る雪野。その脇からジョーが長い首を傾けた。

「お疲れね」

 軽くジョーに視線を流しながら雪野が続ける。

「これでもかと、生徒会長の力を見せられたよ」

「瞬間移動?」

 雪野が眉間に力を入れてシワまで作って訊くと、

「多分な……」

 自信の無さげな先とはまた別の弱々しい返事が返って来た。

「花応は、そんなのあり得ないって、言ってたと思うけど」

「科学的には『あり得ない』んだろ? 魔法少女様」

「それもそうね……私も自分の力は、科学的に説明できないわ……」

 雪野が携帯を握る手に力を入れる。思わず力が入ったのは携帯を握った方の手だけではなかったようだ。テーブルに置いたままにした方の手もぐっと拳を握る。

「どうした?」

「別に、色々と無力ねと思ってね――」

 雪野が軽く後ろを振り返る。雪野の視線にちらりと入ったであろう花応の部屋のドアは、まだ固く閉ざされたままだった。

「魔法少女として。友人として。私は今のあの娘に何もしてやれない……」

「背負い込み過ぎだ」

「……」

 雪野は宗次郎に答えず奥歯を噛み締める。

「で、桐山は? 今、桐山の部屋なんだろ?」

「花応は部屋に閉じこもったきり。少し話したけど。それきりね。出て来る気配もないわ。私はダイニングで、あなたの電話を待ってたって感じ。どうせかけてくるだろうと思ったから」

「そうか……ショックだったかな……」

「そりゃそうよ……妹さんが〝ささやか〟れたんだもの……」

「正確には、従妹だったか……」

「血のつながり方はともかく、あのショックの受けようは〝妹〟よ。本人が自覚してるかどうかは知らないけど」

 雪野がちらりと背後を振り返る。廊下の向こうに見えるドアは閉じられたままだ。

 ジョーがそんな雪野の目と、携帯をあてた耳元を交互に見る。水鳥の目とはいえその伏せられた眼差しからはジョーの心配の程が見てとれた。

「そっくりだったしな」

「そうね」

「あっちは左利きだったみたいだけどな」

「ん? そうだっけ」

 雪野が眉間にシワを寄せる。

「生徒会長に左手で物を投げつけてたろ? 違ったか?」

「そうだった? よく見てたわね」

 雪野がもう一度花応の様子を確かめようとか後ろを振り返る。だが今度目が合ったのは心配げにこちらを見ているジョーの目だった。

 会話の中身が気になって仕方がないらしい。ジョーは雪野の視界に己の姿を入れんとか首を文字通り突っ込んできたようだ。

「ふふ……」

 雪野が軽く微笑み優しくジョーの頭を撫でてやる。

「ペリ……」

 ジョーはそれで満足したのか首を引っ込めた。だが視界が空いた先にはやはり閉じたドアしか見えない。

「で、桐山はホントは妹のように思ってた家族を、巻き込んでしまって落ち込んでるってか?」

「そうよ。私も悪いと思ってんだけど……何だか今は謝る気にならないわ……」

 雪野はもう一度テーブルに向かい直して続けた。

「そうかよ。まあ、悪いのは生徒会長だ。あいつを押さえれば、これ以上〝ささやか〟れる奴は出ない」

「そうね。瞬間移動が相手なんて、押さえるのは大変そうだけど」

「速水もだな。あのスピードに、他の力も持っているように見える」

「『他の力』? 私の経験だと、力は一人一つのはずだけど?」

「生徒会長もそう言ってた。だが、速水の力はスピードだけじゃない。それは確かに見た。色々と考えてみる」

「そう、お願いね。で、彼恋さんの力だけど――」

 雪野がそのことを真剣に相談しようとか身を前にかがめた。

 携帯の向こうの宗次郎に深刻な顔で話しかける雪野。

 だがその雪野に答えたのはいつの間にか部屋から出て静かに後ろに立ち、


「科学力に――決まってる」


 真っ赤に目を腫らし目の下に黒い隈をつけた花応だった。

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